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PTAマニア について

幼稚園から高校までPTAひと筋(?)。無理・ムダ・不合理、無くせば見える新しいPTAのカタチ。都立高校PTA会長 兼 区立小学校PTA副会長。 幼稚園から高校まで複数のPTAを渡り歩くPTAマニア。 東京大学経済学部卒業 在学中に公認会計士二次試験合格 長年、監査法人・投資銀行に勤務、金融業界の最先端をけん引した、会計税務・企業金融の元プロフェッショナル 趣味:数学/PTA


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PTA会長は2人でもいい?役員不足を解消 する「共同会長制」のメリットと成功の秘訣 とは?

【実録】PTA会長を「2名体制」にしてみた結果。役職不足を解消する新しい秘策になるか?

PTA会長って1人じゃなきゃダメですか?

PTA会長が2人いればPTA運営はスムーズになる
PTA会長が2人いればPTA運営はスムーズになる

「立候補者がいない」「沈黙が続く」……。役員決めは、多くの 保護者にとって最も気が重い時間かもしれません。特に「会長」 や「委員長」という役職は、責任の重さや拘束時間の長さから敬 遠されがちです。

実際、役員決め・委員長決めの場では、誰もが視線を合わせないようにうつ むき、重苦しい沈黙が流れる……そんな状況が珍しくありません。

「遠いから」「仕事があるから」「小さい子がいるから」「介護があるから」逆に「ヤル気満々と思われたくない」——

理由 はさまざまですが、根底にあるのは「一人ですべてを背負う恐怖」ではないでしょう か。

会長委員長は各メンバーへの連絡、学校 との窓口、地域との連携、保護者への説明、トラブル対応など、想像以上に多岐にわ たる業務を担います。

しかも前例や引き継ぎが不十分な場合、すべてを手探りで進め なければなりません。

さらに現代の保護者は、共働き世帯が増え、時間的・精神的な 余裕がますます少なくなっています。そんな中で「会長を引き受 けてください」と言われても、誰もが二の足を踏むのは当然のことなのかもしれません。

結果とし て、くじ引きや押し付け合いになり、引き受けた人は不本意なが ら一年間を過ごすことになる——

こんな悪循環が、全国のPTAで起き ているのではないでしょうか。

そこで私たちの学校では、「会長2名体制共同会長制)」にするという新しい試みを行っています。その結果、思いのほかスムーズに運営が回り始めたのです。

立候補者も現れ、役員決め・委員長決めの雰囲気も一変しました。

もっとも、それなりにメジャーなやり方ではあるようです。

この記事では、その実体験をもとに、共同会長制のメリットと成功のポイントをお伝え します。

なぜ「会長2名体制」で成功したのか? 3つのメリット

「会計さんsmartPTA」の開発者、共同会長制度による成功と安堵の表情。PTA会  計の負担軽減と精神的な余裕の獲得を表現。(The developer of 'smartPTA'   expresses relief and success through the co-chair system, depicting a   reduction in PTA accounting burdens and the acquisition of mental   ease.)」

1. 心理的ハードルが劇的に下がる

「自分一人ですべてを背負わなくていい」という安心感は絶大です。代わってもらえる相手が常に横にいることで、孤独な決断を迫られるストレスが解消されました。

PTA会長の最大の負担は、実は「業務量」だけではありませ ん。むしろ「判断の連続」と「孤独感」が精神的に大きな重圧となります。

たとえ ば、学校側から急な相談があったとき、前例のない問題が起きたとき、保護者から苦 情が寄せられたとき——

こうした場面で、一人で即座に判断を下さなければならないプ レッシャーは計り知れません。

しかし2名体制なら、「ちょっと相談していい?」と、その場で意見を交わすこと ができます。

二人で考えることで視野が広がり、より良い判断ができるだけでなく、 「一緒に決めた」という安心感が得られます。

本部内で役職を決めるにあたり、書記や会計・副会長が決まり、残った内から誰 か一人が背負わなきゃ、、、という状況で、だったら「二人で分担するのはどぉ?」という所から共同会長制度が誕生しました。

1人で背負うという心理 的ハードルが下がることで、立候補しやすくなるのです。

2. 「得意分野」で役割分担ができる

2人いれば、それぞれの強みを活かせます。私の場合はこのような役割分担になっています。

  • Mちゃん:人前で話すことや、学校・地域との折衝を担当。コ ミュニケーション力に長けており、保護者説明会や地域行事での挨拶、学校側との調 整を主に担当しました。
  • :資料作成や、内部の事務連絡を徹底サポート。PCスキル があり、議事録作成、メール配信、アンケート集計などの裏方業務を一手に引き受け ました。

このように分担することで、1人あたりの負担は半分以下になります。

会長一人体制では、得意・不得意に関わらず、すべてを一人で こなさなければなりませんでした。

人前で話すのが苦手な人も挨拶をし、PCが苦手な 人も資料を作らなければならない——

これでは効率も悪く、本人も疲弊してしまいま す。

しかし2名体制なら、「外向きの仕事」と「内向きの仕事」を明確に分け、それぞ れの得意分野に集中できます。

結果として、業務のクオリティも上がり、会 長自身の満足度も高まりました。さらに、「自分の得意なことで貢献でき る」という実感が、やりがいにもつながるのです。

実際、業務量には偏りがありますが、その分、「Mちゃん、ア レお願いね」と言いやすいし、そもそもPC作業は苦ではないから不満は無いのです。 この共同体制による柔軟性は、持続可能な運営を支える鍵となりえると思ってい ます。

3. 「バックアップ」がある安心感

仕事や急な家庭の事情で、どうしても外せない行事に出られないこともありま す。2名体制なら、どちらかがカバーできるため、「絶対に穴を開けられない」とい うプレッシャーから解放されました。

たとえば、ある日、Aさんの子どもが急に高熱を出し、学校行事に出席できなくな った、そんなこともあるでしょう。

従来なら、会長不在で混乱が 生じたり、あるいは無理をして出席したりする必要があります。

でも、2名体制では、Bさんが 代わりに出席し、事後にAさんへ報告することで、何の問題もなく乗り切ることがで きます。

この「バックアップがある」という安心感は、精神的な余裕を生み出します。

子どもの学校行事や仕事の繁忙期、家族の介護など、生活には予測不可能な事態がつき ものです。

そんなとき、「代わりがいてくれる」と思えるのは精神衛生上、非常にプ ラスに働くでしょう。

注意点

PTAの委員会の混乱した状況に絶望する様子。共同会長や委員の多さが問題を引  き起こしている様子を表している。

会則の変更

通常、PTAの会則で会長を1名と明記していることが多いので、 「1-2名」にするという事務手続きは必要です。大抵はPTA総会で 変更することになるでしょう。

多すぎても困る

共同会長にならって、当校PTAの某委員会で は委員長4人という状態が生まれてしまいました。しかし、これは明らかに多すぎです。
「船頭多くして船山に上る」。4人もいれば、結局、何もしない人も出てくるし、無駄に意思疎通もしづらいで す。
実際のところ、1/4の負担になるつもりが、1人がほぼ全部を引き受ける羽目になっていました(とはいえ、一般に本部役員よりは軽いと思いますが)。

まとめ:PTAはもっと持続可能になれる

「PTA役員は誰もやりたくない…!」という諦め顔の男が、書類の山の崩落に絶  望する様子。改革を促すPTAの現状打破を象徴する一枚。

これまでの「1人のリーダーが引っ張るPTA」から、「みんなで支え合う PTA」へ。

会長2名体制は、役員不足に悩む多くの PTAにとって非常に有効な選択肢です。

もし「誰もやりたがらない」と行き詰まっているのなら、枠組みそのものを変え てみるのはいかがでしょうか?

PTA活動は、本来「子どもたちのため」に行うものです。しかし、保護 者が疲弊し、不満を抱えながら続けるのでは本末転倒です。

持続可能で、 前向きに取り組める仕組みを作ることこそが、結果的に子どもたちの学校生活を豊か にすることにつながります。

共同会長制は、その第一歩になり得ます。もちろん、すべてのPTAに当 てはまる万能策ではありませんが、「そもそもルール自体を変えてもいいんだ」という意識改革のきっかけにはなるはずです。

「やってみたら意外に楽しかった」多くの役員がそう言って巣立っていきます。

「誰かがやらなければならない」という義務感ではなく、役割分担により「自分 にもできることがある」という前向きな参加意識が生まれる——そんな PTAを、ぜひ一緒に作っていきましょう。


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PTAがもっと楽しくなる マニア会長の独り言 小ネタ集

記事にするほどのボリュームは無い、そんな小ネタを思いついたときに書き足します

PTAにも「父兄」という死語を使う人いるけど、超ヤバいよ

1970年代生まれ以前の人に多いですが、いまだに「父兄」という言葉を使う人がいます。


私が小学生の頃は学校の手紙でも「父兄参観」という言葉がありました。

小学生ながら違和感を感じたのをよく覚えています。


「来るのはほぼお母さんじゃないか、お父さんはポツポツだし、お兄ちゃんなんか来るわけないだろ」。


自分が使う言葉の用法なんて何も考えてないから、平気でこういう言葉を使ってしまうのでしょうが 、よく考えてください。

もちろん「父兄」はお父さんとお兄ちゃんと書きます。

普通に考えれば お父さんとお母さんと書くべきです。

にもかかわらず、なぜ、お父さんとお兄ちゃんなのかと言うと


「お兄ちゃんはお母さんより偉い、なぜなら 男だから」


そんな価値観がそこにあります。つまり父兄は明治・大正時代、戦前の言葉です。

ギリギリ最大限、譲っても昭和の言葉です。すでに 平成を過ぎ、令和になっております。

こういう言葉遣いに噛みつく人もいますので「父兄」という言葉はもう二度と使わないようにしましょう。

ついでに言いますと、やはり「父兄」はおかしいということで、昭和の末期から学校でも「父母」という言葉が使われるようになりました(昭和末期から平成初めは「父母参観」という言葉になった)。

ちなみに、戦後、文部省主導で全国各地にできたPTAも「父母と先生の会」という名前が主流であり、「父兄」という言葉がいかに時代錯誤か分かるというものです。

しかし、ひとり親世帯が珍しくなくなったので、「父母」という言葉はほどなく使われなくなり、平成以降、現在はどこも「保護者」という言葉を使っています。

PTA役員だけど私は「先生」という言葉を使いません

「父兄」はさすがに超少数派だと思いますが、「先生」は使用率ほぼ100%でしょう。ただ、私は言いません。

じゃあ、あんたはなんて呼ぶんだよってことになるわけですが、、、

私は「校長」とか「教員」と言います。

というのも日本人の場合、「先生」という言葉には暗黙に上下関係を作ってしまうからです。

私は ぶっちゃけ、高校生以降、自分より賢いと思える小中高の教員に会ったことはないし、先生とは言いません。

ましてや、PTA は保護者と教員が対等の組織です。

PTA会長だろうが、学年委員だろうが、委員をやってなかろうが、学校長だろうが、新米教員だろうが、数学の担任だろうが、みんな上下なく、横並びの対等な関係です。

長年、PTA が学校の言いなりになってきた背景として、この暗黙の上下関係が根底にあるはずです。

「父兄」と違って、この話は賛同を得られるとも思ってないけども、いれば嬉しい。


余談ですが、現代中国語の「先生(シュエション)」は(男性の)◯◯さん、という意味であり、英語の Mr のように使われます。
田中先生=田中さん(男性)
我先生=私の夫
各位先生=男性の皆様
という意味です。尊敬の意味はほぼありません(例外的に歴史的な偉人を指す用法があります)。

なお、先に生まれた、と書きますが年上の人という限定も特にありません(でも子供には使わない)。

「PTA本部役員、やってよかった」と言ってほしいので頑張ってる

現役役員の皆さま、日々のお仕事や家事の合間を縫ってのPTA活動、本当にお疲れ様です!😊

年度末が近づいてきました。長年PTA本部に携わっていると、毎年、この時期に心に深く残る光景があります。それは、任期満了か卒業かで役員を退任される方々の「最後のご挨拶」のシーンです。

たいてい「くじ引きで当たっちゃって…」「仕事が忙しいのにどうしよう…」「断り切れなくて…」そんな不安100%から始まっています。

ところが、退任式ではどうでしょう。

「最初は仕方がなく引き受けたけれど、やってみたら本当に楽しくて4年もやってしまいました!」

そんな言葉が次々と飛び出します。中には、活動を通して得た仲間との絆や、やり遂げた達成感から、思わず涙を流される方もいらっしゃいます。あの清々しい涙を見るたびに、「PTAっていいな」と改めて背筋が伸びる思いがします。

一体何が、こんなにも人を変えるのでしょうか。それは、実際に活動してみないと分からない「本物の体験」があるからです。

「PTAは大変そう」「面倒くさそう」「時間が取られる」「人間関係が難しそう」……

そんなネガティブなイメージが先行して、どうしても”食わず嫌い”されがちなPTA本部役員。

昔ながらのやり方が続き、周りからの噂話や、過去の負のイメージだけが独り歩きしてしまっているのが現状です。

でも、実際に飛び込んでみた人だけが見える景色があります。

  • 学校の裏側を知って、子どもたちの環境がより身近に感じられること。 先生方の日々の努力や、学校運営の実情を知ることで、わが子の学校生活への理解が深まります。
  • 普段の生活では出会えなかった、素敵な仲間ができること。 年齢も職業も違う保護者同士が、子どもたちのために一緒に汗を流す中で、かけがえのない友情が芽生えます。
  • 自分自身の成長を実感できること。 企画力、コミュニケーション力、調整力など、さまざまなスキルが自然と身につき、自信につながります。

イメージだけで敬遠してしまうのは、とってももったいないと思うのです。まるで、見た目だけで判断して敬遠していた料理が、「食べてみたら結構いいじゃん」ってこれですよ。

今、役員として活動している皆さま。時には大変なこともあるかと思います。会議の準備、イベントの運営、保護者間の調整など、やることは山積み。仕事や家事との両立に悩む日もあるでしょう。

でも、退任式で皆さんが見せるあの笑顔や涙は、活動の中に「本物の楽しさ」がある何よりの証拠です。大変さを超えた先に、言葉では言い表せない充実感と達成感が待っています。

というと「やりがい搾取」なんて言われるんでしょうが、それこそ食わず嫌いだと思うわけです。

今の皆さんの頑張りは、必ず「やってよかった!」という一生モノの経験に繋がります。お子さんが卒業した後も、ふとした瞬間に思い出す温かい記憶になるはずです。

このままお別れって寂しいな、私はいつもそう思って最後の挨拶を聞いています(まあ、公立小学校の場合だと、みな近所なので、お別れってことも無いのですけど。でも高校はそうじゃないのでPTA本部OB会を作っちゃおかな、と計画中)。

一人で抱え込まず、役員の仲間と一緒に楽しみながら、この素敵な活動を盛り上げていきましょう!困った時は遠慮なく周りに頼って、完璧を目指さず、できる範囲で無理なく続けることが大切です。

年度末まであと少し。

と同時に新年度の準備がドサッとやってきて来ますが、知恵も使って乗り切りましょう!

このサイトがちょっとでも楽しいPTAのヒントになれば幸いです。

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PTAで非加入者を区別する 卒業記念品をあげる、あげないの議論が終わらない、本当の理由

卒業記念品を巡るジレンマ なぜこの議論は終わらないのか?

この記事の対象者

  • 「非加入者への記念品配布」を巡る役員会や総会での対立を解消したい方
  • 前例踏襲の記念品贈呈に疑問を感じている方

この記事でわかる事

  • この議論が平行線をたどる構造的理由
  • より高い視点から、公平性と平等を両立する具体的解決策




卒業シーズンになると、多くのPTAで必ず議論になるテーマがあります。

「PTAに 加入していない家庭の子どもにも、卒業記念品を配布すべきか」——

この問いは、全国 各地のPTAで繰り返される永遠の論争です。

総会や役員会での長時間議論、保護者間 の対立、SNS上の意見応酬はもはや珍しい光景ではありません。


この厄介な問題については、すでに法律・経済学という異なる視点から 2つの論考を掲げました。

法律上の課題
PTA非加入世帯の児童生徒を区別/差別するの は違法なのでしょうか?

経済学(公共財)的考察による解釈
PTA非加入の子どもに記念品は配るべき ?感情論ではなく、論理的に公平と持続性から考える

今回はさらに別の角度から考えてみます。

ここでは「なぜ、この論点はずっ と平行線なのか」を明快に解き明かすとともに、「そもそも卒業記念品とは何のためにあるのか」という根本的な問 いに立ち返り、新しい解決策を提案します。

PTA卒業記念品を巡る二極対立:平等派と区別派の主張と背景

卒業記念品問題で対立するPTAの様子を表現した画像。平等派と区別派の意見が  真っ向勝負になっている様子が伝わる。

一方では「卒業する子どもたちに差をつけるべきではない」という主張が、他方 では「会費を払っている加入者が不公平を感じる」「このままではPTA自体が成り立 たなくなる」という主張が平行線をたどります。

平等派(非加入者の子どもにも配布すべき派)の主張

「卒業という人生の節目に、子どもたちの間に差をつけるべきではない」

この主張の背景には以下の考え方があります:

  • 子どもの心理的影響への配慮:卒業式という人生の大切な 節目で、「PTAに加入してないから、あなたには記念品がありません」と告げることは、子どもの心に深い傷を 残す可能性があります。親の判断で子どもが不利益を被るべきではありません。
  • 現状の予算的余裕:会員数が多く、非加入者への配布でも 予算的に問題ないと判断されるケース。「数人分の記念品くらい問題ないだろう」という感覚で判断 されがちです。
  • 教育的配慮:学校は全ての子どもを平等に扱う場所である べきで、卒業式で目に見える形で差をつけることは教育理念に反するという考え方で す。

区別派(加入者と非加入者は区別すべき派)の主張

「会費を払っている人が損をすることになる」
「PTAに加入するのは馬鹿らしいとい う考えが広がればPTA自体が存続できなくなる」

この主張の背景には以下の懸念があります:

  • フリーライダー問題への警鐘:会費を払わずに同じサービ スを受けるのは不公平。この状況が続けば「加入しなくても良い」という認識が広が ります。
  • PTA組織の持続可能性への危機感:不公平感による加入率低 下→予算不足→活動縮小という悪循環への懸念。将来入学してくる子どもたちへの責任 も含まれます。
  • 任意団体としての原則:加入の自由と引き換えに、加入者 には何らかのメリットがあるべき。選択の結果が全く同じでは、選択自体の意味が失 われます。

対立の本質分析:そもそも議論が成り立つはずがない

「時間軸のずれ」に絶望するPTA会計担当。卒業生の平等とPTAの未来の間で板  挟みになる葛藤を表現。

両者の主張は表面的には「子どもの平等」と「会費負担の公平性」の対立に見え ますが、より深く見ると、それぞれが考えている①時間軸が違う、②対象が違うことに 気づきます。

  • 平等派の視点:「今、目の前で卒業する子どもたち」を重 視。「次の、卒業式という特別な日に一人も傷つかないこと」が最優先です。
  • 区別派の視点:「PTAという組織の将来」を見据え、「 PTAが存続して将来の子どもたちにもサービスを提供できること」を重視します。

前者は「現在の卒業生」について主張しており、後者は「将来のPTA組織と未来の子どもたち」について論じているのです。

これが両者の議論が平行線をたどる最大の理由です。

前者は「現在の卒業生」、後者は「将来のPTA組織」。

実は両者は異なる次元の話をしているので、議論が噛み合わないのです。

フリーライダー問題とPTA持続可能性:短期的平等が招く長期的不平等のメカニ ズム

「フリーライダー問題」によりPTA崩壊の危機に陥った会計さんが、崩壊を悟っ  た表情で絶望する様子。#PTA #会計

「今年だけなら」が積み重なる危険性

「非加入者の子どもにも卒業記念品を配布する」という短期的平等を重視する判 断は、以下のようなプロセスで結果的に長期的不平等を生み出します:

  1. 認識の拡散:「PTAに加入しなくても卒業記念品はもらえる 」「面倒な役員を引き受ける必要がない」という認識が口コミやSNSで広がります。
  2. 合理的選択の増加:「会費を払わなくても同じものが得ら れるなら加入しない」という経済的合理性に基づく選択が増えます。
  3. 加入率の低下:新入生保護者を中心に加入率が徐々に減少 していきます。
  4. 予算の縮小:会費収入減少によりPTA活動の質・量が低下し ます。
  5. 悪循環の発生:活動の質低下が「会費を払う価値がない」 という認識をさらに広げ、加入率がさらに低下します。

この変化は年単位の緩やかなものであるため、「今年は問題ない」という認識が数年続いた後、いずれ「予算が足りない」「役員のなり手がいない」という形で表面化しま す。

しかし、その時には判断を下した本人は既にPTAを去っていることでしょう。

私は、平等派の主張問題の先送りであり、かつ、問題が表面化した時には自分はPTAを去っているという非常に無責任な意見だと考えています。

加入者の不満増大と組織崩壊への道

加入者の心理的不公平感は以下のような悪影響をもたらします:

  • 既存加入者の脱退:「自分の子の卒業記念品のために会費 を払っているのに、非加入者にも配るなら意味がない」と感じる保護者の増加
  • 役員モチベーション低下:「なぜ自分たちだけが苦労して 記念品を選んでいるのか」という疑問が活動意欲を削ぐ
  • 加入者内部の分断:「全員に配るべき」派と「区別すべき 」派の対立が生じる
  • 説明責任の困難:「なぜ会費を払う必要があるのか」への 明確な説明が困難になる

特に注目すべきは、この問題が単なる予算問題ではなく「公平性」という価値観 に関わる心理的問題である点です。数千円の記念品でも「原則的におかしい」と感じ られると、大きな反発を生み出します。

最終的なPTA崩壊と全児童への影響

フリーライダー問題に目をつぶり、加入者不満が拡大し続けると、PTA組織そのものが崩壊する リスクがあります。

皮肉なことに、「目の前の卒業生への平等」を追求した結果、将 来の子どもたちが受けられるはずだったサービスや支援を失わせるというパラドック スが生じます。

これが「短期的平等が長期的不平等を生む」メカニズムです。

卒業記念品の存在意義を問い直し、「体験型」卒業記念へのシフトを提言

卒業記念品のあり方に衝撃を受けたPTAマニアの様子。問題解決への情熱と少し  の絶望が入り混じっている。

ここから、新たな提言を進めていきましょう。
まず、これまでの話を整理します。

卒業記念品が公平性問題を顕在化させる4つの特性


卒業記念品が公平性問題を最も鮮明にする理由は、以下の特性にあります:

  • 有形性:「誰がもらったか、もらっていないか」が目に見 えて明確になり、差異が可視化されやすい。卒業式という公の場で配られることで、 より顕著になります。
  • 個人的便益:受け取った個人が直接的便益を得るもので、 「誰が費用を負担すべきか」が明確に問題になります。
  • 排除可能性:技術的に特定の人々にのみ配布し、他を排除 することが可能。この特性があるからこそ「加入者の子どもだけに配るか」という選 択肢と議論が生じます。
  • 感情的インパクト:卒業という人生の節目における記念品 は、通常の物品配布以上に感情的な意味を持ちます。

卒業記念品の存在意義を再考

PTAの本来の目的は「保護者と教師が協力して子どもたちの健全な成長と教育環境 の向上を図ること」です。結論では大きく対立するのに、この点は平等派も区別派も異論がありません。

では、この目的に照らして、個別の卒業記念品は本当に不可欠で しょうか?

実際、多くの卒業記念品(文具、写真立て、印鑑など)は歴史的慣習として続い ており、その教育的意義や必要性が十分に検討されていないケースが多いのではない でしょうか。

要するに「何かをあげる」こと自体が目的になってしまっている、ということです。

今や、それぞれ価値観がバラバラで、子供たちが全員が共通で欲しい・もらって喜ぶものなんて存在 しないと思うのです。

小学校の卒業記念品を10年後も大事に持っている、そんな例は数少ないのではな いかと思うのです(これは自分の子どもを見ていて思うことなので、一般化してよいかは疑問の余地はありますが)。

もし、卒業記念品の多くがいずれゴミとして捨てられ、使われずに終わるなら、なぜ私たちはこの慣習を続 け、そのために対立しているのでしょうか?

弁証法からの提言:「体験型」の卒業記念

スタート地点は同じなのに、意見が対立する。この場面では弁証法が有効です。

弁証法なんていう言葉に驚く必要はありません。要するに、より高い次元から双方が納得する結論を目指す思考だと思ってください。


弁証法から考えた、卒業記念品を巡る対立を根本から解決し、かつ子どもたちにとってより価値のあ るものを提供する方法——

それは「モノ」から「体験」へのシフトです。

  • 排除の問題が生じない:全校生徒(ないし全卒業生)が参加する体験型イベン トは、誰が加入者で誰が非加入者かという区別が不要になります。学校全体で共有さ れる体験となります。
  • 記憶に残る:物品は失くしたり壊れたりしますが、体験の 記憶は一生残ります。10年後、20年後に思い出すのは、もらった文房具ではなく、み んなで過ごした特別な時間です。
  • 教育的価値が高い:子供同士、場合によっては保護者・教 員を巻き込んだ共同作業や特別な活動を通じて、協調性、創造性、思い出の共有な ど、物品では得られない価値を提供できます。
  • 学校への貢献:完成した作品や植樹などは学校に残り、後輩たちにも価値を提供し続けます。
  • 対立の解消:「誰に配るか・配らないか」という平等派と区別派の議論そのものが不要になります。

体験型卒業記念の具体的アイデア

実例やAIに相談して出てきた具体例を挙げておきましょう。

創作系

  • 卒業生全員で壁面アートを制作し、校内に永久展示
  • モザイクアート:一人一枚のタイルに絵を描き、組み合わせて大きな作品に
  • タイムカプセル製作:20年後に開封する共同プロジェクト

自然・環境系

  • 卒業記念植樹:校庭や近隣公園に桜などのシンボルツリーを植える
  • 学校菜園・花壇の整備:在校生が引き継いで育てる
  • ビオトープ作り:生態系学習の場を残す

施設・設備系

  • 図書室の蔵書充実:卒業生の名前入りプレートとともに寄贈
  • ベンチや遊具の設置:「○○年度卒業生製作」のプレート付き
  • 校内案内板や掲示板の製作

イベント・活動系

  • 特別授業の招聘:プロのアーティスト、スポーツ選手、研究者などを招いた特 別授業
  • 卒業記念コンサートや発表会:全員で作り上げる特別な舞台
  • 地域貢献活動:清掃活動、福祉施設訪問など

記録・記憶系

  • 卒業アルバムのデジタル化と共有(個人配布ではなく共有システム)
  • 卒業記念動画の制作:全員が参加する思い出のムービー
  • 学校の歴史記録プロジェクト:インタビュー集や写真集の作成

持続可能な平等の実現:段階的移行と建設的対話による解決策

段階的な移行プラン:慣習変更への配慮

長年続いてきた慣習を急に変えることには抵抗があるかもしれません。そこで段階的な 移行を提案します:

  1. 今年度:従来の記念品配布を継続しつつ、「来年度からは 新しい方式を検討している」ことを保護者に予告
  2. 次年度:記念品と体験型の両方を実施(予算の半分ずつな ど)
  3. その次の年度:完全に体験型へ移行

また、保護者や児童・生徒の意見を聞くアンケートを実施し、どのような体験が望まれているかを把握することも重要です。

建設的対話の鍵:短期的視点と長期的視点の両立

対立を超える共通理解
「平等派」と「区別派」の対立は、実は両者とも「子どもたちのため」という同じ ゴールを目指しています。違うのは時間軸と着眼点だけです。

建設的な対話のために必要な認識

  • 短期的視点の重要性を認める:目の前の卒業生の気持ちは確かに大切です。誰 も子どもを傷つけたいわけではありません。
  • 長期的視点の重要性を認める:将来の子どもたちのためにPTAが存続すること も同様に大切です。
  • 二項対立を超える:「配るか・配らないか」という選択肢しかないと思い込まず、より高い視座から第三の道を模索することは可能です。これが先に述べた弁証法的思考です。

共通目標への立ち返りと持続可能な平等

対話が平行線をたどるとき、PTAの根本的目的「子どもたちの健全な成長と教育環 境の向上」に立ち返ることが有効です:

  • 「卒業記念品を誰に配るか」ではなく「卒業という節目に子どもたちに何を残 したいのか」という本質的問いへ転換
  • 「子どもたちのために何が最善か」という共通の問いかけから対話を始める
  • 「モノ」に縛られず、より創造的な解決策を模索する

卒業記念品を巡る論争は、繰り返し述べている通り、表面的には「配るか・配らないか」という問題に見え ますが、本質的には「一時的な平等」と「持続可能な平等」のどちらを選ぶかという 問いです。

しかし、「モノから体験へ」という転換によって、この二項対立そのものを超え ることができます。全ての子どもたちが参加できる体験型の卒業記念は、

  • 今の卒業生全員に平等に価値を提供し、
  • 加入・非加入の区別という対立を生まず、
  • PTAの持続可能性を脅かさず、
  • より深い教育的価値を提供します。

重要なのは「対立から協働へ、批判から共創へ」と思考をシフトさせることで す。

短期的視点と長期的視点の両立、共通目標への立ち返り、そして固定観念にとら われない柔軟な発想——

これらを持ちながら対話を続けることで、より多くの人が納得 できる解決策が見出されます。

子どもたちの未来のために、持続可能で、本当に価値のあるPTA活動の新たな形を 共に創り上げていきましょう。

10年後、20年後、卒業生たちが懐かしく思い出すの は、もらった文房具ではなく、みんなで作り上げた特別な体験であるはずなのです。


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メルカリに並ぶ「仕分け済みベルマーク」は歪んだPTAの姿 改革しましょう

フリマでベルマークを買う?この理解しがたい異常事態は歪んだPTAの産物だった

この記事の対象者

  • ベルマーク作業をどうにかしたいPTA役員・保護者
  • 合理的な改革案を探している方

この記事でわかる事

  • フリマアプリでベルマークが割高売買される裏事情
  • 「児童の学び」へ転換する、持続可能な活動の再設計案

フリマアプリで見つけた奇妙な商品の正体は??

メルカリでベルマークが出品されている

まったく偶然なのだが、メルカリでベルマークが販売されているのを見 つけた。

「メーカー別小分け済み」「PTA提出用に即対応」といった文言とともに、 きれいに仕分けられたベルマークが出品されているのだ。

調べると、ヤフオクにもラクマにも沢山あ る。

私の場合、お菓子やジュールのラベルにベルマークを見つけるとこまめに切り取ってたっめておくのが習慣になってしまっている。

だがしかし、ベルマークは世間の多くの人にとっては、パッケージに印刷された模様に過ぎないから、捨てられるのが普通だ。

私の場合は小学生時代に、母親が「ベルマークがついとるからこっちを買おう」と言ってるのをよく耳にした。

実を言えば、私はその習慣がなんとなく残っていたりする。

2種類の商品、どっちにしようかと悩んでベルマークがあるほうにしよう、なんて行動をとる人はごく一部のPTAに関わる人を除けば、さほど多くはないだろう。


さて、売られているベルマークに話を戻すのだが、基本、個人が集めた所で使い道はないので、恐らくPTAに関わる人が購入しているのだろうと推測することは難しくない。

しかし驚くべきは、その価格設定である。

ベルマークは本来「1点=1円」の換 算である。

普通の人にとっては何の価値もない”ゴミ”なのだから、「1000点を300円で」というなら納得もいく(PTAの経費で買うのはアリだろう)。

ここで浮かんだ疑問は二つ。


「なぜベルマークを買う人がいるのか?」

「 なぜこんな割高な価格設定が成り立つのか?」

PTA本部役員を10年以上続けてきた私にも、ちんぷんかんぷんだった。

集めて 学校にもっていくところまでは小学生時代から自分でも長らくやってきたが、その先、ベルマ―クがどのように商品に替わるのかは未知の世界だ った。

そして改めて調べ、考えたのが今回の記事である。

ベルマーク運動の本来の姿—助け合いの理念と仕組み

PTA会長がベルマーク財団を訪問している

ベルマーク運動はベルマーク教育助成財団がリードして1960年に始まり、65年以上の歴史を持つ活動である。

その 目的は二つある。

一つは「自分たちの学校づくり」、もう一つは「支援が必要な学校 への援助」だ。

「国内外のお友達に”愛の鐘”を鳴り響かせよう」という助け合いの理念が、 「ベル」の形に込められている。

仕組みはシンプルだ。協賛企業の商品に付いているマークを集め、財団に送 ると1点1円換算で「ベルマーク預金」となる。

この預金で、学校(PTA含む)は教育に必要な教材 や備品—屋内遊具、扇風機、パソコン、書籍などを協力会社からポイントと交換できる。

自校の備品だけではない。購入金額の10%が自動的にベルマーク教育助成財団に寄付され、へき地や特別支援学校、災害で被災した学校への支援に使われるらしい。

東日 本大震災や熊本地震の際にも大きな役割を果たし、これまでの支援総額は累計50億円 を超えるという。

本来は、日常の買い物の延長として気軽に参加できる支援活動という設計になっている。

では、なぜこれほど崇高な理念を持つベルマーク運動が、フリマでの売買という歪んだ形で現れる ようになったのか。

フリマでベルマークを買う人々—切実な事情

疲れた顔でベルマークを数えている

時間を買う—想像以上に重い仕分け作業

ベルマークは企業ごとにデザインや点数が異なる。

きれいに切り取り、会社 ごとに分けて、点数を集計する作業は想像以上に時間を要する。

素材も違うし、大きさも違う。丸まってしまったやつがあるし、余白の大きさも集めた人によって各自バラバラだから、想像するだけでもこれが大変な面倒だということが分かる。

多くのPTAで年間複数回(例えば年2〜3回、1回あたり3時間など)の仕分け・ 集計作業が行われ、保護者が平日に仕事を休んで参加するケースも珍しくないらし い。

女性役員に聞いた所、ウチの小学校でも同じことが行われているそうだ。

なんと、知らなかった。。。

ノルマ未達の責任—役員が背負う心理的圧力

調べるとさらに驚きの情報が出てきた。

ただ、この辺の話は掲示板やSNSなどから出てきたものであり、直接の当事者から聞いたわけではな く、真偽のほどは定かでないから、是非リアルな証言を頂きたい。

学校によっては年間目標点数が設定され、目標未達の場合、PTAの委員が不足 分を自腹で補填する慣例があるという信じがたい証言もある。

「集められない家庭に『もっと買って』と言えず、結局自分たちで穴埋めした」という声もあった。

善意の社会貢献という目的のための一つの「手段」だったはずのベル―ク集め。

しかし、ベルマークを集めることが「目的」になってしまい、足りないと役員が責任を負わされる圧力が存在するらしい。

その圧力こ そが、割高でもフリマで購入する動機となっているのだろう。



今や、昭和と違って、共働き世帯の比率が高まっている現代において、「時間=貴重なリソース」という認識が高まっている。

このベルマークを整理するという「時間泥棒」的な作業は、保護者にとって大きな負担となっている。

そこでベルマークの「点数」ではなく、整理に伴う労働「時間」を買うという選択をする人がいるというわけだ。

割高なベル マークの価値は「点数」ではなく、費やされる「時間」にあったのである。

家庭時間の防衛—コストを払ってでも回避したい苦行

「夕食作りや宿題サポートより、ベルマーク仕分けなんかを優先させたくない」と いう親心から、割高なフリマでの購入を「週末の家族時間を守る投資」と捉える考えが出てきていることが分かった。

数千円の出費で、1日がかりの苦行から解放されるなら—そう考える購入者の気持 ちは、決して理解できないものではない。

しかし、ちょっと待て。

ベルマークってそんな運動なんだろうか?

そもそもの所で、現金なのかベルマークなのかはともかく、PTAが学校の備品 を取得すること自体に問題があることは他の記事でも述べている。

もちろん、

「ベルマーク集め」は廃止します!

という選択肢もあるし、大きなトレンドがベルマーク廃止へ向かっていることも承知している。

しかし、「止めればいい!」そんなのはいつでもできる事だし、大して知恵のないPTA会長でもできることだ(声が大きければOKだから)。

ベルマークを廃止した会長を賞賛する記事がバズったという話を聞いたが、会長も賞賛する方もみんなおバカ同士である。


ここでは、「それでもベルマークを集めて備品を取得するという道を選ぶなら、こんなやり方が良 いんじゃないのか」という私自身にとっても、これから取り組む指針として考えてみたものであ る。

売買はなぜ問題なのか—ルールと理念の間で

子どもたちと楽しくベルマークを数えている

まず、ベルマーク教育助成財団の公式ルールでは、過度な競争心や購買心の助長防止、運動の公平性を保つため、「ベルマークの売買・交換は認められません」ということになっている。

ベルマーク運動は協賛企業の商品購入を通じた間接支援を想定しており、現金取引は運動の根幹を揺るがす行為と見なされる。

フリマアプリ運営会社も、この公益的な趣旨に反する出品と判断し、ベルマークの出品を削除対象としているらしい。

そういう新聞記事があったのでここにもそう書いたが、実際には検索すると 冒頭に示した写真のようにゴロゴロ転がっている。

冒頭で書いた通り、メルカリでもヤフオクでも楽天フリマでも状況は変わらな い。

まあ、こういうプラットフォーマーは自分が責任を取る気は無いし、何かが売れれば手数料になるわけで、売れるなら何でもいいっていうのが本音のモラルゼロ企業だから、「不適切だから削除します」なんていうのはただのポーズだろう。

それはさておき、ここで論点を整理したい。

フリマでのベルマーク売買は少なくとも違法性はないが、ベルマーク教育助成財団のルール違反である。

問題は、ベルマークを集めることを「目的」とはき違え、このような歪んだ需要を生み出しているPTA側である。

そんな事を やっているから世にアンチPTAが量産されてしまうのだ。

真の問題—ベルマーク運動が”回らない”本当の理由

今回、私も初めて知ることになったのだが、各家庭から集められたベル マークは、会社別に仕分け、点数計算、整理袋への封入、そして財団への送付といっ た多岐にわたる手作業が必要になる。

当然手作業にならざるを得ず、これらの「労務 」が保護者やPTAにとって大きな負担となっている。

財団もこの「仕分けが面倒」という声を重要課題として認識しており、デジ タル化に向けた実験も行われている。

しかし、マークの種類や素材の多様さ、状態の 問題など、正確な読み取りの難しさから、全面的なデジタル化には多くの課題がある という。

まあ、それはそうだろう。
使用済みかどうかの判断ができないから、スマホ で読み取るって訳にもいかない。


この面倒くさい問題は切実だ。

一部の協賛企業が「PTA保護者の負担」を理由に運動から脱退するケースも発 生しており、ベルマークの活動基盤の縮小にもつながっているという。全く本末転倒の状況に陥っていると言わざるを得ない。

結論として言えるのは、フリマ売買は”モラルの問題”というより「運用が現 代の生活に合っていない」結果として発生する制度疲労のサインだということだ。

昭和の時代なら、ベルマーク整理を理由にヒマな奥様達が雑談に花を咲かせ ている面があったのだろう。

それなら、「みんなで楽しくおしゃべりしながらベルマークを整理するだけで、備品もゲットできる素晴らしい制度」ということだったんだと思うが、今やそんな社会状況ではない。

私は女性役員に素朴な意見をぶつけた。

「なんで子供達に整理してもらわないの?保護者はラクだし、子供はベルマークの価値が分かっていいことづくめよ」

私の提言に女性役員たちは戸惑っていた 。

戸惑っている理由は、簡単。

今までこんな ことはやっていなし、考えたこともない、前任者からも聞いてないからだ。



自分たちが集めて整理した ベルマークが 備品に変わる 。


こ の一連の流れを子供たちが直接体験できるなら、これに越したことはないだろう。

実際、私は小学生時代 ベルマークを集めるのは好きだったが それが その後どうなるの かなんて考えたこともなかった。

調べてみると子供たちにメルマークの整理をしてもらって成果を出している PTA もあるという 当然そうすべきである

集めるのは保護者、 整理するのは子供、何に交換するかは 保護者/子供/教員の話し合い 、これでいいんじゃないだろうか。

それをあえて、会社を休んでまで学校に集まり、集計作業をする理由はただ一つだけだ。

そう、分かるだろう。いつものアレだ。

「今までそうしてきたから」
「やめようとか、他のやり方でとか、考えたことも無いし」

PTA改革の核心—仕分け作業は児童に任せた方が筋が通る

ベルマーク財団も、子どもたちが主体的に活動する学校事例を紹介してお り、児童の参加を推奨している。ここからが、本当の意味での改革の提言である。

「無駄な作業」を「学び」に変換する教育的意義

児童がベルマークの仕分け作業に参加することは、ボランティア活動や社会貢献活動の一環として位置づけられる。

自分の行動が学校の備品購入、場合によってはへき地・被 災地の学校支援につながることを実感できるのだ。

実際に、子どもが回収箱の運営、 仕分け、啓発活動に積極的に関わる事例も報告されている。

子供達が整理をする中で より効率的な方法を自分たちで考えることにもなる。

複数人で役割分担しながら作業を進めることで、コミュニケーション能力や 対人スキルが向上し、他者と協力する大切さを学べる。

自分たちが集め、仕分けしたベ ルマークが実際に学校の役に立ったり、他校の支援につながったりする経験は、児童 の自己肯定感や達成感を高めるのではないだろうか。

ベルマーク活動を通じて、子どもたちは学校や地域のために貢献すること で、「自分も社会の一員である」という意識を育む。

これこそが、本来のベルマーク 運動が目指していた姿のはずだ。

実装イメージ—「労務」を「学習体験」へ転換する工夫

調べれば色んな工夫した取り組みをしている学校・PTAがあるとわかった。

回収箱を協賛会社別のポケットにして、回収段階から会社別に仕分けられる ように工夫することで、整理するという後工程の負担を軽減できる。ウォールポケット型や牛乳パッ ク製など、各学校で多様な工夫が見られる。

ベルマーク委員や環境委員はリーダシップをとって、児童が主体的に収集・ 仕分け・集計活動を行う。

近所の店舗や回覧板で協力を呼びかけたり、地域のお祭りでベル マークコーナーを設けたりするなど、地域ぐるみで活動に取り組むことで、学校と地 域のつながりを深める例もあるそうだ。

ベルマーク仕分けをゲーム化したり、親子イベントとして開催したりするこ とで、参加のハードルを下げ、楽しみながら取り組むこともできる。

もう一つの現実的解決策—ウェブベルマークという選択肢

共同アフィリエイトの仕組みで労務を削減

WEBベルマークは2013年に始まった新しいベルマーク運動の形であり、ネ ットショッピングを利用して学校支援のポイントを貯める仕組みである。

利用者はwebベルマークのサイトを経由して、協賛するオンラインショッ プ(2026年1月現在、多くはないがヤフーショッピングなどがある)で買い物をする。

これにより、利用者 の追加負担なく、購入金額の一部が協賛企業からウェブベルマーク協会に支払われ、 それがベルマーク点数として指定した学校に自動的に加算される。

実態としては、広告費(成果報酬)を原資に学校支援へ回す共同アフィリエイ トの仕組みである。

何が解決し、何が失われるのか

物理的なベルマークの切り取り、仕分け、集計といった手作業が一切不要と なるため、PTAの労務負担を大幅に軽減できる。

忙しい保護者でも、普段のネットシ ョッピングを通じて手軽に学校支援に参加できる。学校を指定してポイントを貯めら れる。

ただし、ウェブベルマークは万能ではない。デジタル化は便利である一方 で、学校と地域、保護者と子どものつながりという、これまでのベルマーク運動が持っていた側面が希薄になる可能性もある。

だからこそ、リアルなベルマークの回収・整理は児童主体に、追加分をウェブで上乗せす るというハイブリッド設計が最適解と考える。

「誰のための運動か?」を再定義する—ベルマーク改革の未来

このベルマーク 問題は PTA の前例踏襲という悪しき習慣の 典型的な表れだ と言える。

今までずっとこうしているからというだけの理由でやりたくないことを押し 付けられる。

私が子供達にベルマークの整理をさせればいい と提案したら、「そんなことした ら 環境委員の仕事がなくなる」と言われた。

これだ!

だったら無くしてしまえばいいのに、彼女にとっては「今まで通りを続けること」こそが正義なのだ。

もっといい方法はないのかと考えればできるはずなのに 、そもそも考える気 もないし、 言われたことだけを義務感でこなす。

それが自分の役割だと信じて疑わない。

再三、繰り返し述べていることだが


この思考停止した前例踏襲の慣習こそが世間にアンチPTAを生み出しているのだ。

フリマでベルマークが売買される現状は、ベルマーク運動の「制度疲労」と 「PTAの過剰な労務負担」が背景にあることを明らかにしている。

この問題の解決は、単に「売買の是非」を問うだけでなく、「誰のための運動なのか?」という本質に立ち返り、ベルマーク運動の再設計を考える機会である。

改めて整理すると、持続可能なベルマーク運動の未来を築くためには、以下のハイブリッドなアプローチが有効だ。

仕分け・集計作業は児童の学びとして再設計する。

教育的意義を明確にし、児童が回収・整理に主体的に参加できる仕組みを整える。

一方で、追加のおまけはウェブベルマーク(共 同アフィリエイト)で効率化する。これはもっぱら保護者の役割だ。

保護者の負担を軽減しつつ、より広範な支援を可能にする。

私は高校のPTAにも関わっていて、さすがに高校生にベルマークの整理はお願いしづらいので、ウェブベルマークだけでの参加を検討中だ。

ベルマーク運動は「謎の伝統を守るために親が疲弊する苦行」であってはならない。

「すべての子どもに等しく、豊かな環境の中で教育を受けさせたい」という 本来の目的に立ち返り、現代社会に合った形で進化していく必要がある。

メルカリに「ベルマーク」を出品する人がいなくなった時、PTAのベルマーク問題は解決したことになるのだろう。


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PTA非加入者の子どもに記念品は配るべき?感情論ではなく、論理的に公平と持続性から考える

「PTA非加入でも記念品はもらえるの?」を経済学で考える 公平さと持続性 の両立に向けて

この記事の対象者

  • 非加入家庭の子どもへの記念品配布について、公平な基準を作りたいPTA役員
  • 「子どもへの差別」と「加入者の不公平感」の板挟みで悩んでいる方

この記事でわかる事

  • 経済学視点から、サービス提供の論理的な切り分け方
  • 平等を担保しつつ、よりよい解決をめざす具体的・実践的な運用ルール

1. 問題の背景と金額基準の限界

「PTA会計の金額基準が機能しない」という問題を表現したイラスト。山積みの  書類を飛び越え、恐怖と絶望を顔で表現している。

「PTAに入らないと、うちの子だけ記念品がもらえないんでしょうか?」

「会費を払っていないのに、同じサービスを受けるのはおかしくないですか?」

PTA役員として活動する中で、このような声を何度も耳にしてきました。

「 PTA加入は任意である」という認識が広まり、多くの学校で加入・非加入を選べるよ うになりました。これは保護者の自由を尊重する上で重要な進展です。

しかし同時に、新たな課題も生まれています。

非加入家庭の子どもへの対応 をどうするか——

この問いに、多くの学校が明確な答えを持てずにいます。

今回は、この難しい問題について、感情論ではなく論理的な枠組みを用いて 整理し、公平で持続可能な解決策を提案したいと思います。

「安いから配布してOK」は通用しない

よくある現場の混乱

「100円程度のジュースなら、全員に配ってもいいんじゃない?」

「で も、500円の文具セットは区別すべきよね?」

「いや、1000円未満なら許容範囲 では?」

こうした議論が、PTA会議で延々と続くことがあります。

善意から出発した提 案も、金額で線引きしようとした瞬間、収拾がつかなくなるのです。

なぜ金額基準は機能しないのか

問題は3つあります。

①主観的で恣意的になる
「安い」「高い」の感覚は人 それぞれ。
年収や家族構成によっても変わります。
ある人には「たかが100円」で も、別の人には「されど100円」なのです。

②前例主義に陥る
「去年は300円までOKだったから、今 年も」という前例踏襲が始まります。
物価上昇や活動内容の変化があっても、変更し づらい雰囲気になってしまいます。

③感情的対立を生む
「なぜ私たちが払った会費で、非 加入の子にまで配るの?」という加入者の不満と、「たかだか数百円で子どもを差別 するのか」という非加入者の憤りが衝突します。

金額ベースの判断は、感情に流されやすく、持続可能ではありません。

2. 経済学的アプローチによる公平性の枠組み

「公共財」の概念を説明するイラスト。PTA会計の混乱に直面した会計担当者  が、書類の山の上に立って絶望的な表情をしている。会計さんsmartPTAの必要性を伝  えるインパクトのあるビジュアル。

「公共財」という視点

感情や金額ではなく、活動やサービスの「性質」で判断する——

それが、より 公平で説得力のある方法です。

私が得意とした経済学には「公共財」という概念があります。

公共財とは、以下の2つの特徴 を持つ財やサービスです。

1. 非競合性(Non-rivalry)



「誰かが使っても、他の 人が使える分が減らない」という性質です。

イメージ:1つのパンは誰かが食べ るとなくなるので競合性があります。

他方、街灯の光は誰か1人を照らしても、他の 人が使える光が減ることはありません。

特徴:追加的なコストなしに、多くの人 が同時に消費できます。

2. 非排除性(Non-excludability)



「料金を払わない 人を、利用から排除することができない、または実行が難しい」という性質です。

イメージ:映画館はチケットがない人を追い出せますが(排除性あり)、「一般 道路」は、「税金を払っていないから、あなただけは通れません」と区別することが 非常に困難です。

特徴:誰でも利用できてしまうため、対価を回収するのが難し くなります。

PTAの活動を分類する

この視点でPTA活動を見ると、2種類に分けられます。

【公共財的な活動】非競合性が高い

  • 備品/図書の購入
    加入・非加入の子を区別して利 用させたり、させなかったりすることはできません。
  • 登下校の見守り活動
    見守りボランティアが交差 点に立つとき、加入・非加入の子を区別することはできません。すべての子どもの安 全を守ります。
  • 校庭の美化・環境整備
    卒業式の飾り付け、花壇 の整備、校庭の草むしりなど。その恩恵は、学校に通うすべての子どもが平等に受け ます。
  • 地域との連携活動
    お祭りの支援、防災訓練の企 画など。
    地域全体の取り組みであり、特定の家庭だけを排除することは不自然です。

これらは「誰かが利用しても他の人の利用が減らない」た め、非加入の子にも提供しても加入者の子が不利益を被ることがない、もしくは不利 益が小さいのです。

だから区別なく提供するのが理にかなっています。もしくは区別 しようとすること自体に無理があります。

【私的財的な活動】競合性がある

  • 卒業記念品(文房具、アルバム等)
  • 学習補助教材(ドリル、地図帳等)
  • イベント参加記念品(参加賞、お土産等)

これらは在庫が有限であり、一つ配れば一つ減るという競合性があります。

製作・購入にはコストがかかり、その原資はPTA会費です。

無償で非加入者にも 配布すれば、加入者が非加入者の分を肩代わりすることになります。

公平な対応の原則

基本方針:性質に応じた区別
上記の分類に基づき、次 のような対応が合理的です。

■ 非競合な活動(見守り、美化など)
→ 区別せず、全 員に提供
これらは「公共財的」であり、排除すること自体が非効率です。また、 子どもの安全や教育環境は、加入・非加入に関わらず保障されるべき基本的な権利に 近いものです。

■ 競合的な物品(配布品など)
→ 加入・非加入で対応 を分ける
ただし、完全に排除するのではなく、選択肢を残すことが重要です。

物品配布の具体的ルール

【加入家庭】
会費の範囲内で、無償提供

【非加入家庭】
実費を徴収し、希望者にのみ提供
単に実費だけを徴収するのではなく、実費+手数料でも構わないでしょう。

なぜなら、発注作業、在庫管理、配布作業などの事務負担は加入者が担う訳です し、当該非加入者のために追加の手間がかかるからです。

手数料を上乗せするこ とで、これらのコストを適切に分担し、「加入する方が得」という健全なインセンテ ィブにもなり得ます。

もっとも、ここは異論があることを私とてよくわかっています。個々のケーズに応じて議論の余地があるでしょう。

3. 実践的な運用ルールと子どもへの配慮

PTA会計改革に直面した会計士の驚愕の表情。この状況への深い共感を伝え  る。

「子どもに差別では?」という声への対応



よく聞く反論
「親の選択で、子どもが不利益を被るの はおかしい」

「同じ学校の仲間なのに、差をつけるのは差別だ」

この意見は、深い愛情と人権意識の表れのように聞こえないこともありませ ん。

まるで、これに反対する方が冷淡な人であるかのような錯覚すら覚えます。

しか し、ここで混同してはいけないのが「機会の平等」と「結果の平等」 の違いです。

「機会の平等」は保障されている

PTAでは、すべての 保護者に加入の機会が開かれています。

経済的理由で会費が払えない家庭には、 減免制度を設けているPTAも多くあります。

つまり、「加入したくてもできない 」という状況はほとんどありません。

非加入は、多くの場合、入りたくないから「加 入しない選択」をした結果です。

「結果の平等」を強制すると何が起こるか

もし、加 入・非加入に関わらずすべて同じにしてしまったらどうでしょうか。

  • 会費を払い、役員を引き受け、活動に参加した人が割を食う(これは加入者を逆差別することにならないでしょうか)
  • 「払わなくても同じなら、払わない方が得」という認識が広がる
  • 加入率が下がり、PTA運営そのものが困難になる
  • 最終的に、すべての子どもが受けられるサービスが縮小する

これは「公平」を目指した結果、かえって全員が不幸になる典型的なパター ンです。

責任と結果のバランス

私たちは子どもたちに、こう教 えています。

「自分の行動には責任が伴う」

「努力した人が報われる社会を 目指そう」

大人の世界でも、それは同じはずです。選択の自由を認めるなら、選 択の結果にも向き合う必要があります。

もちろん、子どもに直接的な不利益を与 えることは極力避けるべきです。

だからこそ、次のセクションで述べる「配慮ある運 用」が重要になります。

現実的な運用ルール

理論は理解できても、「実際にどう運用するの?」が一番の難題です。

ここ では、具体的で実行可能なルールを提案します。

ルール①:日常的な支援は区別しない

原則
見守り、美化、安全パトロールなど、日常的な活 動では一切区別しません。

理由

  • 子どもに疎外感を与えない
  • そもそも活動の性質上、区別が不可能または非効率
  • 学校コミュニティ全体の利益につながる

実践例
朝の挨拶運動、交通安全指導、校庭の草むし り、図書室の整備など

ルール②:物品配布は区別するが、選択肢を残す

原則
記念品や教材などの物品は、加入・非加入で対応 を分けます。
ただし、非加入家庭にも実費購入の機会を提供します。

手順

  • 事前アンケートの実施
    「非加入家庭で、〇〇の 購入を希望される場合は、実費△△円で承ります」
  • 希望者のみ対応
    強制ではなく、あくまで選択制
  • 支払い・受け渡しの明確化
    事務負担を考慮し、 一括前払い・指定日受け渡しなど、効率的な方法を設定

実践例
卒業記念品:加入者は無償、非加入者は 1,500円で購入可
運動会参加賞:加入者は無償、非加入者は300円で購入可

ルール③:事前周知を徹底する

原則
「知らなかった」「聞いてない」を防ぐため、 ルールは年度初めに明確に周知します。

周知方法

  • 入学説明会での説明
  • 書面での配布(加入案内と同時)
  • 学校HP・PTA会報への掲載
  • 個別相談窓口の設置

記載内容

  • PTAは任意加入である
  • 加入した場合のメリット(活動参加、物品無償配布等)
  • 非加入の場合の対応(公共財的活動は参加可、物品は実費購入可 )
  • 非加入により生じうるデメリットは保護者が子に責任をもって周知させ る

重要ポイント
「選択の自由」と「選択の結果」をセッ トで、丁寧に説明することです。

ルール④:子どもへの配慮を忘れない

原則
子ども同士の関係に悪影響を与えないよう、最大 限の配慮をします。

配布方法の工夫

  • 一斉配布を避ける
    教室で「はい、〇〇さんはも らえません」という状況を作らない
  • 個別対応を基本に
    加入家庭には持ち帰り袋で、 非加入家庭には購入希望者に別途渡すなど
  • 目立たない工夫
    可能であれば、外見上は同じ状 態で受け渡す(購入品も同じ袋に入れる等)

心理的ケア

  • 担任教師との連携
  • スクールカウンセラーとの情報共有
  • 保護者からの相談窓口の設置

子どもは、親の選択の犠牲になるべきではありません。

しかし同時に、 親の選択の結果から完全に切り離すこともできません。

このバラ ンスを、大人として真剣に考える必要があります。

よくある疑問・反論にお答えする

Q1. 「それでも、子どもがかわいそうでは?」
A. お 気持ちは理解できます。

しかし、「かわいそう」という感情だけで判断すると、長期 的にはもっと多くの子どもが不利益を被ります。

加入者の負担が増え続ければ、 PTA活動自体が縮小・消滅します。

その結果、すべての子どもが、これまで受けられ ていた支援を失うことになります。

持続可能な仕組みを維持することこそ、真に 子どもたちのためになると考えます。

Q2. 「実費徴収は事務負担が増えるのでは?」
A. 確 かに一定の負担は生じます。しかし、以下の工夫で軽減できます。

  • 年度初めに一括希望調査(都度対応しない)
  • オンライン決済の活用(現金管理の手間削減)
  • 最低発注数の設定(少数希望なら対応しない選択も)

重要なのは、「負担を避けるために原則を曲げる」のではなく、「 原則を守りながら負担を減らす工夫をする」ことです。

Q3. 「地域によって事情が違うのでは?」
A. おっし ゃる通りです。この記事で提案しているのは基本的な考え方であり、各学校の実情に 応じてカスタマイズが必要です。

  • 都市部と地方で地域との関わり方が違う
  • 学校規模によって事務負担の感じ方が違う
  • 保護者の価値観が地域によって異なる

大切なのは、「なぜそうするのか」という論理的根拠を持つことです。その 上で、柔軟に運用していけばよいと思います。

4. 本質的な解決:PTA活動の改革

PTA会計の改革を訴える主人公が、古い帳簿から飛び出すような躍動感あふれる  イラスト。改革への強い決意を表している。

ここまで、「競合性・非競合性」という視点から、公平で持続可能な対応を 提案してきました。

しかし、正直に言います。

これは”次善の策”に過ぎませ ん。

本質的な問題は何か

なぜ、非加入を選ぶ保護者が増えているのでしょうか。

  • 役員の負担が重すぎる
  • 活動内容が時代に合っていない
  • 会議が形式的で、時間の無駄
  • 人間関係のトラブルが怖い
  • 「やらされている感」が強い

つまり、問題の根源は「関わりたくない」と思わせるPTA活動そのも のにあります。

真の解決策とは

  • ■活動の見直し
    本当に必要な活動だけに絞る。「 去年やったから今年も」を疑う。
  • ■負担の軽減
    一人当たりの役員負担を減らす。外 部委託や簡素化を進める。
  • ■透明性の向上
    会計や意思決定をオープンにし、 「何のために会費を使っているか」を明確にする。
  • ■参加の選択肢を増やす
    役員になれない人も貢献 できる方法を用意する(単発ボランティア、寄付、スキル提供等)。
  • ■楽しさ・やりがいの創出
    「やらされるPTA」か ら「やりたいPTA」へ。子どもたちの笑顔が見える活動を重視する。

行列ができるPTAになれば、「加入しない理由」が減り、自然と加入率は上が ります。

おわりに

「PTA加入は任意」という原則は、保護者の選択の自由を尊重する重要な進歩 です。
しかし、自由には責任が伴います。

公平さを守り、本人の自由は尊重する、子どもたちには極力負担をかけな い。

この3つのバランスを保ちながら、PTAを次の世代に繋げていく。


それ が、今を生きる私たち大人に求められる責任だと思います。

完璧な解決策はありません。

でも、論理的に考え、誠実に対話し、柔軟 に改善していく——その姿勢があれば、必ず道は開けるはずです。

この記事が、同 じ悩みを抱える全国のPTA関係者の皆さんの一助となれば幸いです。


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PTA非加入世帯の児童生徒を区別/差別するの は違法なのでしょうか?

PTA非加入世帯の児童生徒への対応:法的義務と区別/差別の是非を徹底解説

この記事の対象者

  • 非加入世帯への対応に悩むPTA役員
  • 加入・非加入による「区別」の是非を法的・論理的に整理したい方

この記事でわかる事

  • 「全児童平等」という主張の法的妥当性と、裁判例
  • 問題を解決するための提言

PTA加入・非加入による児童・生徒の区別は問題なのか

PTA非加入と加入の児童生徒への区別に関する問題の背景を描いたイラスト。加  入世帯の保護者の感情や、フリーライダー問題のニュアンスを表現。

問題の背景と現実

PTAの加入が任意だという考えが広まり、保護者の中にはPTA会員にならない人が 出てきます。年々、その数は増えているようです。

この状況下で、PTA非加入世帯の児童生徒がPTA活動による利益を享受することに対し、PTA加入世帯の保護者から不満の声が上がることがあります。

そのような意向を受けて、PTAが非加入世帯の児童生徒を加入世帯の児童生徒と区別し(「差別」という強い言葉を使う人がいますが上下に分けている訳ではないないので「屈別」がいいと考えます)、異なる取扱いをし、トラブルとなる事例が報告されています。

具体的には以下のような対応が あります:

  • 卒業式の記念品を非加入世帯の児童生徒に提供しない
  • PTA会員が見守る登校班に非加入世帯の児童生徒を参加させない

加入世帯側の心理的背景

このような区別の背景には、非加入世帯の保護者は何の負担もしていない(PTA会 費を払わず、役職にも就いていない)にもかかわらず、その子どもが他の加入世帯の 保護者の負担によって成り立っているPTA活動の利益を享受すること、いわゆる「フ リーライダー」であることが許せないという加入世帯側の素朴な感情があります。

学説による法的検討

憲法26条を引用し、PTAの法的検討について議論する専門家風のイラスト。  PTA活動の公共性と私的性格に関する議論を想起させる画像。

某学説:憲法第26条からの検討

ある学者は、PTAが加入世帯の児童生徒と非加入世帯の児童生徒を区別し、加入世帯の 児童生徒だけが利益を享受できるようにすることを憲法第26条との関係で否定的に捉 える可能性を示唆しています。

この人はPTA活動を「個々の保護者が自己の養育する児童生徒のみならず、保護者一 般としての立場から、当該学校に在籍する児童生徒全般に対して、いわゆる『大人』 からの配慮や支援を行うことを目的とした、公共的ないし社会的な活動」と位置づけ ています。

この見方に基づけば、「憲法26条に規定された、子らに教育を受けさせる保護者 としての義務の具体的内容として、保護者が任意に団体を構成して相互の協力により 児童生徒の成長に貢献するための活動を行うもの」がPTA活動であり、PTAが非会員世 帯の児童生徒を排除することはできないとの考え方が導かれるとしています。

この説への批判的検討

しかし、PTAが非加入世帯の児童生徒を排除することができないことの根拠を憲法 第26条第2項に求めるのは、無理があります。

なぜなら、憲法第26条第 2項は自らが養育する子女を対象にした保護者の義務を定めているのであって、自ら が養育する子女以外の子女を対象にした保護者の義務を定めているわけではないから です。

要するに、「どうして会費も払わない、よそのお宅の子供の面倒まで見なきゃ いけないのよ!」という訳です。

どうですか?至極真っ当な意見でしょう。

また、PTAが会員のためだけに活動するなら、教室を借りることはできない、PTA室などを使っている以上、全児童・生徒に等しく応対すべきであるという意見を見たことがありますが、これは全くの誤りです。

法的根拠などなく、ただただ感情論だけのクルクルパーです。

PTAが完全に私的な目的を有する団体であるとしても、学校施設の利用に関する法令により、PTAが学校内において活動を行うことは法的に全く問題がありません。

誰でも知っていると思いますが、特定の野球チームや町内会が学校の校庭を使うようなことは珍しくありません。

この場合に、学校のグラウンドを使うんだから、チームに入っていない子供にも同じように野球を教えろ、とでもいうのでしょうか。

どこをどう解釈したら、「全児童・生徒に等しく応対しない組織には施設を使わせてはいけない」という話になるのか、そのバカっぷりには驚きを通り越して呆れる他ありません。

地方自治法第238条の4 第7項(行政財産の目的外使用の許可)


要旨: 地方公共団体は、条例の定めるところにより、行政財産(学校の敷地・校舎等を含む)の本来の用途を妨げない限度で、目的外使用を許可できる。

許可の可否・条件(時間帯、区画、禁止行為、原状回復、損害賠償、使用料など)は、設置団体の条例・規則で具体化されます。

学校施設の住民開放は、この「行政財産の目的外使用許可」を根拠に運用されるのが通例です(教育上の支障がないことが前提)。

学校教育法 第137条(学校施設の利用に関する規定)


要旨: 学校の設置者は、学校教育に支障のない範囲で、学校の施設を地域住民等に利用させることができる。

具体的な利用対象・時間帯・手続・費用などは、設置者(多くは市町村や都道府県)の条例・要綱・実施要領で定められます。

裁判例による実務的判断

コサージュ配布事件に関する判決を説明する、親しみやすい会計士風のキャラ  クターのイラスト。PTAの健全化と効率化を目指している様子が伺える。

コサージュ配布事件の概要

PTAが非加入世帯の児童生徒と加入世帯の児童生徒を区別し、異なる取扱いをする ことの違法性が実質的な争点となった有名な事件として、コサージュ配布事件があり ます。

本件において、原告は生徒の保護者であり、当初保護者会に入会していました が、活動内容に関する意見の相違から同会を退会しました。

その後、修了式に際して 保護者会が会員の子女にのみコサージュ及び一輪花を交付し、会員ではなかった原告 の子女には交付しなかったため(原告は実費支払いを求めたがPTAが拒否)、原告が精神的苦痛を理由に損害賠償請求訴訟を提起 しました。

大阪地裁堺支部の判断

大阪地裁堺支部は、まず違法性に関する判断枠組みとして、被侵害利益が不明確 であることを前提に、「人格権ないし人格的利益については、例えば行為態様が悪 質、悪辣であるなど、当該行為を抑止すべく作為義務ないし不作為義務を損害賠償を もって強制することが被侵害利益の不明確性にもかかわらず正当化されるとき」に不法行為法上の違法な侵害と評価されると指摘しました。

そのうえで、以下の理由により原告の請求を棄却しました:

  • 制約を正当化する法令上の根拠がない(非加入者児童にも同じ扱いを求める、実費購入に応じるべき)
  • 不作為の行為態様が悪質、悪辣であるなどといった事情もみられない
  • 法感情上も制約を正当化する根拠を見出しがたい
  • 他人の子女の修了式を祝うことが自発的にされるならともかく、損害賠償をもっ て強制されるべき事柄とは考えがたい

最後の文は難しく聞こえますが、要するに「他人の子供のお祝いをしなかったから、 PTAは損害賠償しろ、なんておかしい」という考えです。

きわめて当然の話をしているとわかるはずです。

この判決では、結論として「PTAは悪くない」と判断し たのです。

もっとも、この判決はPTAは任意団体であり、その加入非加入は自由である旨を明示したものとして特 に有名です。

判決への批判的見解

反対の教育学者は「保護者会からのコサージュ等交付は学校機関的な活動内容で あると考えられることからそこに差異が生じることは原則的には許容しがたく、可能 な限りの平等な取り扱いをする義務が学校やPTAにはあると思われる」と述べ、本判 決に批判的な立場をとっています。

しかし、法的観点からみた場合、そのような法的義務をどのような根拠から導き 出せるのかという点について、十分な反論は提示されていません。

結局、平等に扱ってあげないと可哀そうだ、という感情論が先行してお り、法的主張としてはまったく根拠不十分であると評価されるべきでしょう。

公益社団法人としての義務論

別の法的構成として、PTAの全国組織である日本PTA連絡協議会(日P)が公益社団 法人であることに着目して、関係法令の解釈から義務を導き出す見方があります。

公益社団法人としての認定を受けるためには「不特定かつ多数の者の利益の増進 に寄与する」ことを主たる目的とする必要があり、受益の機会の公開性が要求されま す。

日Pが公益社団法人としての認定を受けているということは、各単位PTAも「不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与する」ことを主たる目的とする必要があるのだから、児童生徒に等しく受益する義務がある、という主張です。

ひと言でいうと、日Pが公益社団法人なんだから、各単位PTAも公益、つまり全児童のために行動すべき、という主張です。

すでに違和感を持つ人も少なからずいるでしょうが、法律的に反論しておくと、以下の理由により、この解釈は適切ではないと考えられます:

  • 日Pが公益社団法人として認定されているのは確かだが、単位PTA自体は公益認定 を受けているわけではない
  • 同様のPTA団体である全国PTA連絡協議会(全P)は一般社団法人であり、公益社団法人ではない。日Pか全Pかで法的差異が生じるのは適切ではない

結論:現行法における取扱い

「教育条理と公益社団法人としての法的義務」について考察するPTAマニア風イ  ラスト。議論の難しさを表現。

法的義務の存在について

以上の検討から、現在のところ、非加入世帯の児童生徒と加入世帯の児童生徒を 区別してはならないという法的義務の存在を肯定することはできないものと解されま す。

非加入世帯の児童生徒と加入世帯の児童生徒を区別するのは法律違反だという意見を目にする機会が少なからずありますが、これは感情論と法的論理を混同していま す。

あるいは自分の意見を正当化するために都合よく法律(っぽい屁理屈)を持ち出しているにすぎま せん。

さきほどから何度かでていますが、「エリートぶってるお馬鹿」と断じておきます。

ということで、仮に非加入世帯の児童生徒を区別し、加入世帯の児童生徒に対する対応と異なる対応をPTAがとったとしても、そのこと自体によって当該対応が直ち に違法と評価されることは基本的にはありません。

違法となる場合の条件

ただし、PTAによる対応が法に抵触するような形で行われれば、当該行為は違法と なります。区別すること自体は違法ではないが、その方法や程度によっては法的問題 が生じる可能性はゼロではありません。

現実的には考えにくいですが、明らかに悪質 な嫌がらせとか子どもの人格を傷つけるような過度なものであったりする場合には、 PTAの行為が違法と判断される余地があります

実費徴収制度の評価

PTA非加入世帯の児童生徒もPTAからの利益を享受できるようにするため、PTAが非加入世帯から実費を徴収している事例があります。私もこの考えを主張しています。

ただ、このやり方は、実務的には、非加入者にはそもそも案内する手段がないとか、お金のやり取りが面倒とかの問題が依然残っています。

しかしそれでも、

公平性の担保:

会員の「会費を払っているのに不公平だ」という感情 (フリーライダーへの不満)を解消できる。

排除してない:

実費を払えば非会員の子どもも利益を享受できるた め、子どもが傷つくことを防げる。

法的妥当性:

実費徴収は違法ではなく、むしろ分け隔てなく扱うた めの合理的な仕組みです。



ということで、実費徴収の制度は加入世帯の児童生徒と非加入世帯の児童生徒に等しく機会を与えているのであり、積極的に評価されるべきものです。


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PTAに寄付を学校が強制?「真摯な同意」の裏にある、校長の”おねだり”の実態とは?

校長がPTAに寄付を要求することに問題はないのか?「真摯な同意」という名の「強制」の是非を問い正せ

この記事の対象者

  • 学校から備品購入の打診を受けたPTA役員
  • PTA会費が学校運営の補填に使われている実態に疑問を持つ保護者

この記事でわかる事

  • 学校からの寄付要請の構造的問題
  • 公立学校における義務教育のあるべき姿
  • 実態調査例と、正常化に向けた改善のプロセス



「PTAからの寄付が無いと、学校運営がままならない」
そんな自治体、そしてそれを放置している国に喝!

校長からPTAにおねだりするなんて?! 教育委員会の対応は?

校長から寄付を要求されて驚くPTA会長

初めに断っておきますと本稿は私の体験を元に作成した、ちょい長いお話です。

プロローグ:校長がPTAへ寄付を「おねだり」


「PTAで体育館にプロジェクターを買ってもらえませんか?」


小学校の校長からのこの一言が、私を今回の長い考察へと導くことになった。

違和 感を覚えたのは、それが単なる「お願い」ではなく、暗黙の「要求」に聞こえたからだ。

学 校のトップがPTAに学校備品の購入を要求する――

これって本当に正常なことなのだろう か。

区の教育委員会の回答:「真摯な同意」という、まやかしの言葉


PTAから学校への寄付は違法なんですか?で書いた通り、私はこのあたりの考察に関してちょいうるさい。

そこで校長のリクエストに関して管理責任者の見解を問うべく、最初に区の教育委員会に電話をしてみた。

「私はPTAの役員ですが、校長から備品の購入を依頼されました。PTAの経費で購入すべきものではないと思うのですが、校長がこのようなリクエストをするのは問題ではないでしょうか?」

教育委員会の電話口からは、このような返事が返ってきた。

「PTA側からの真摯な同意があれば、学校が寄付を受けても問題ありません」

この区の教育委員会の対応は、おそらく全国の多くの自治体の姿を映し出し ている。

実際、文部科学省の調査や各地の報道を見れば、全国各地で同様の問題が繰り返されていることがわかる。

私が所属する東京の一区だけの特殊な事例ではない――

これは日本全体に広がる構造的問題なのだ。

先ほど彼はこう言った。


「真摯な同意があればOK」

この言葉には、いくつもの疑問符がついた。

  • 学校長という権威者からの依頼を、保護者が本当に断れるのか?私のように異論を唱えるのは極めて例外で、ごくごく少数派だろう(っていうか1人かもしれない)
  • 「真摯な同意」とは、具体的にどのような手続きを指すのか?恐らくこっちにお任せなんだろうな
  • 同意の「真摯さ」は、誰がどのように判断するのか?どうせ考えてる訳ないぞ



「なんだこれ、きっと思った以上にザルなんだ!」と思い、私は食い下がった。

「校長から頼まれれば、普通のPTA役員は断れないし、事実上の強制ですよ?」

面倒くさいヤツだと思われたんだろう。

数人たらいまわしにされた後、委員長と名乗ったから一番エラそうな感じのおっさんから も、同じ回答が返ってきた。

「 真摯な同意があれば何の問題もないんです」

あーだこーだと反論したが、まるで壊れたレコード(今やレコードを知らない人もいるんだろうけど)のように、同じ言葉が繰り返されるだ けだった。

都教委の回答:50年以上前の通達が語る真実

ダメだ、こいつでは話が通じない。

私は納得できず、さらに上部組織である東京都の教育委 員会に問い合わせた(後に記すが、当時は東京都教育委員会は◯◯区教育委員会の上部組織だと思った)。

そこで初めて知らされたのが、昭和42年(1967年)に発出された通達「義務教育における私費負担の解消について」の存在だった。

この歴史的ともいえる、50年以上前に公表された文書は、最初に電話した区の教育委員会の説明とは全く異なる世界観 を提示していた。

戦後教育の「隠れた負担」と昭和42年の決意

「昭和42年の教育委員会の通知」に衝撃を受けるPTAマニア。学校教育費の私費負担  という隠れた負担に気づき、顔を歪める様子を描いたイラスト。

義務教育の「裏側」学校運営を支え続けたPTA

戦後日本の教育復興は、しばしば奇跡として語られる。

しかし、その奇跡の 裏側には、語られることの少ない真実があった。

PTAが、本来は公的に負担されるべき教育費を肩代わりしてきた のだ。

当時の状況を想像してほしい。

戦後の混乱期、国や自治体には学校運営に必 要な予算が十分になかった。

教室の修繕費、教材費、備品購入費――

これらの多くが、 実際には保護者のPTA会費や追加の寄付、バザーの収益金などによって賄われていたのが実態だったのだ。

私自身が小学生の頃を思い出す と、どこの学校でも、体育館ステージの立派な緞帳にはPTA寄贈と書いてあり、ぼん やりとした違和感を感じていたのを思い出す。

現代の私たちが享受している教育インフラの多くは、かつての保護者たちの 「私費」によって築かれたものなのだ。

それは美談として語られることもあるが、同時に 義務教育の本来あるべき姿からの逸脱でもあった。

変わらなかったPTAの役割

戦前の日本には、学校後援会というものが存在した。

表向きは教育の振興を目的として いたが、実態的には物的(金銭的)にも人的にも学校を援助することが主な役割だった。

戦後の PTAは「Parent – Teacher Association」――保護者と教師が子どもの教育について協力し合い、相互理解を深める場としてGHQの意向を受けた文部省(当時)の号令の下で発足した。

しかしその内情は、旧態然とした学校後援会となんら変わることは無かった


PTAは学校のリクエストに応じてお金と無償の労働力を提供する、校長連中にとっては極めて都合のいい組織であり続けた。


このあたりの 事情については公益社団法人日本PTA全国協議会が圧倒的に詳しいのでPTAが大好きな方は一読されたい。

バザーの収益、会費の一部、そして追加の寄付。

これらが当然のように学校運営費に組み込まれていく構造が、長年固定化された。

つまり、学校がPTAのお金をアテにするのが普通で、PTAの誰も、学校側の誰もそれを疑問に思わなくなっていったのである。

歴史的転換点

しかし、昭和42年、東京都教育委員会は勇気ある決断を下した。

長年続いてきた公立学校の「私費負担」の慣習に、正面から異を唱えたのだ。

「従来、父兄を主たる会員とするPTA、後援会、その他の団体から、学校後援のための寄付が行われてきた。こうした慣習は、おうおうにして、強制にわたる懸念もあり、一方このたびの措置(筆者注:児童生徒数に応じて学校に助成金が出ることになったことを指す)により学校運営費が確保されることになるので、今後はこの種の寄付は 受領しない」

と明記されている。

ここには三つの重要な認識が示されている。

  1. 「寄付」といっても実質的には強制になりやすいという構造的な問題の指摘
  2. 公費による学校運営費の確保という原則の確立
  3. 寄付を受け取らないという明確な方針



特に注目すべきは、1番目。

私自身が感じた事実上の強制力を的確に表現していた。


そして3番目では寄付を受け取らない旨を言明している。

ここでは「真摯な同意があれば受領しても問題ない」などという例外規定を 一切設けていないことに注目すべきだ。

都教委は、同意の「真摭さ」を判断する ことの困難さ、そして教員と保護者の力関係の中では同意に限界があり、事実上の強制力があるから、例外規定があると、それがただの言い訳に使われる可能性が高い、そのように理解していたのだ。

50年以上も前、昭和 42年の時点ですでに。

その深い洞察たるや、賞賛に値する。

それに比べて先の「真摯な同意があればOK」と軽々しく答えた区教委の馬鹿どもはお仕置きに値する。

この違いはなんだ?

都職員と区職員の知能ランクの違いを見たようであった。

「正常な姿」とは何か

この通達は、公教育における私費負担を「教育の正常な姿ではない」と断じてい る。

では、「正常な姿」とは何か。

それは極めてシンプルだ。


義務教育に必要な費用は、すべて公費で 賄われるべきだということ。


要するに、公立学校の運営に当たり、必要な経費は学校の設置者たる地方自治体が負担するということだ。

というのも、保護者からの寄付を際限なく受け入れるなら、いわゆるお金持ちエリアの学校の児童生徒は冷暖房完備のキレイな校舎で、給食はいつもフルコース、有名な運動選手をコーチに迎え、、、と言った事になりかねない(それは営利目的で教育サービスを売る私企業たる私立学校に任せればよい)。

他方で、そうではないエリアの児童生徒は十分な設備が提供されず、教育環境の整備すらままならない、けど仕方ないということになってしまう。

保護者の経済状況によって、子どもが受けられる教育に差が生じてはならない。

これが日本国憲法第26条が保障する「教育を受ける権利」の本質である。

「ねじれ」の構造と「真摯な同意」の虚構

「ねじれ」の構造を訴える会計士マニア。怒りに震える表情と、書類の山から  の飛躍するポーズが、PTAの不透明な現状への深い憤りを表している。(Kaikeishi   mania ga 'nejire' no kouzou wo sakebu. Ikari ni furueru hyoujou to, shorui   no yama kara tobu posu ga, PTA no futou na genjou e no fukai funri wo   arawashite iru.)

東京都教育委員会と区教育委員会、二重構造の謎

ここで素朴な疑問が浮かぶ。

なぜ東京都教育委員会と区教育委員会とで、こう も見解が異なるのか。

「東京でもPTAは寄付してるぞ」というブログ記事を見かけたことがある。

多くの人が誤解しているだろうし、私自身、都の教育委員会の電話口で話を聞いて知ったの だが、区教育委員会は都教育委員会の下部組織ではない

地方自 治法に基づき、都と区はそれぞれが独立した執行機関であり、いわばヨコの関係なのだ。

だから、区教育委員会は都教育委員会の意見を参考にすることはあれど、必ずしもその意向に沿う必要はない、という関係にある。

よそはよそ、ウチはウチ、でも構わないという訳である。

この制度設計が、運用の「ねじれ」を生んでいる。

都立学校におけるPTAからの寄付の実態

話を聞く限り、東京都教育委員会が直接管理する都立学校(ほぼ高校や特別支援 学校で、小中学校はごく一部)では、昭和42年通達に基づいた運用が比較的徹底されているように思われた。

  • 校長からPTAへの寄付依頼は原則として禁止
  • PTAからの申し出があっても、公費で対応すべきものは受け取らない
  • 例外的に受け取る場合も、厳格な手続きと透明性が求められる


つまり、都教委の建前と実態は一致しているのだ。

区立学校におけるPTAからの寄付の現実

一方、23区や市町村が管理する小中学校では、状況が大きく異なる。

もちろ ん、私とて、すべての区に意見を求めた訳ではないのでおそらく濃淡があることを前 提に読んで頂きたい。

  • 校長がPTAに直接「おねだり」する事例が散見される
  • 「真摭な同意」があればOK。という曖昧な基準で寄付が正当化される
  • 保護者が断りにくい空気が醸成されている


なぜこのような差が生じるのか。

それは各自治体の財政状況 教育予算配分の優先順位に大きく依存しているのだろ うと推測する。

PTAの同意は本当に自由意思なのか

区の教育委員会が繰り返す「真摭な同意があれば問題ない」という論理を、 もう一度検証してみよう。

社会心理学の知見を引き合いに出すまでも無く、権威者からの要求に人は従いやすい。

これは「 権威への服従」として知られる現象だ。

要するに社会的に立場のある人の発言には相応の重みがある、というごく当たり前の話。

校長という立場の人物が、保護者組織である PTAに依頼をする――

この構図そのものが、既に対等な関係性を損なっている

本来は、PTA組織において、保護者も校長も他の教員も同列であり、上下関係はない。

しかし、多くの保護者は暗黙のうちに看過しがたい上下関係を受け入れているはずだ(ちなみに私は全くその感覚を持っていない)。


さらに、PTA役員という立場も考慮しなければならない。

役員たちは以下のような考えをもっていることが多い。

  • 学校との良好な関係を維持しなければならない
  • 他の保護者から「学校のために頑張ってる」と思われたい
  • これまでずっとこうしてきた、という伝統(?)は維持しなければならない

このような状況下で、校長から金品の依頼を受ければ、私が疑問を呈したように、何ら反論すること無く、2つ返事で同意してしまうのも無理はないのだ。

その「同意」を、果たして「真摯な同意」と呼べるだろうか。

PTAの同意の検証可能性

さらに根本的な問題がある。

「真摭な同意」があったかどうかを、どうすればわかるのか。

「真摭な同意」があったといえるにはどうなればいいのか?、ということである。

  • PTA総会での挙手による承認があればいいのか(反対しにくい雰囲気が あるんじゃないか?多数決でいいのか?)
  • 役員会での決定があればいいのか(役員たちに選択の自由はあった か?)
  • 保護者にアンケート調査を実施して過半数なら良いのか(匿名性は確保 されていたか?、過半数でいいのか?)


多くの場合、これらの手続きは形式的に行われるだけで、真の自由 意思が確認されることはない

となると、実質的には校長とPTA会長の間で決まってしまう場面も少なくないだろう。

なぜPTAの公費負担が変わらないのか

昭和42年通達の中では、都が生徒数に応じて各学校にお金を出すから、学校はPTAに資金援助をお願 いするのを止めなさいという趣旨の記述が見られる。

しかし、それから60年ほどが経過した 今も、なぜこの問題は解決していないのか。

いくつかの要因が考えられる。

1. 予算の恒常的不足

多くの自治体で、教育予算は十分とは言えない。
学校現場のニーズと予算配 分の間には、常にギャップが存在する。

つまり、都の側は「これで足りるだろ」と考えているが、校長をはじめとして学校の運営側は「全然足りない」と考えていて、そのギャップを埋める「便利な手段」とし て、財政面でも人手の面でもPTAへの依存が続いている。

2. 慣習の力

「昔からそうしてきた」という慣習の力は強い。

新任の校長も、前任者のや り方を踏襲しがちだ。

昭和の時代からPTAに寄付を依頼することが「当たり前」だと思ってきた校長もいるわけで彼らの考え方を変えることは、容易ではない。

冒頭でプロジェクターを要求してきた校長も、PTAに買ってもらうことが当たり前の文化の中でこれまで教員生活を続けてきたのだ。

逆に、PTAの人達も
「今まで毎年払ってるのに今、理想論をかざして支払いを止めたら学校が困るだろう」
「文句をいう保護者も出てくるかもしれない」
「今まで通りやってれば非難される筋合いはない」
と考えがちだ。

再三、飽きるほど指摘している前例踏襲、やぶ蛇、寝た子を起こすな、という訳である。

3. 問題の可視化の困難さ

より一層、この問題が認知されにくい事情がある。

PTAから学校への寄付は、表面的には「学校とPTAの良好な協力関係」として見えないこともないということだ。

本部役員の中にも、備品を購入して寄付すれば学校が喜んでくれるし、子供たちも恩恵を受けるのだから問題ない、むしろ、積極的にPTAの経費で購入すべきだと考える人も少なくない。

実は被害者(と呼んでいいかは悩ましいけど)である保護者は上記の通りだから、被害者たる認識すらも持っていなかったりするわけで、声を上げにくく、問題が埋もれたままになりやすいという構造がある。

4. 「子どものため」という大義名分

PTAでしばしば出てくる「子どもたちのために必要なものだから」という理屈は、反論を封じる強力な武器となる。

「子どものため」と言われたら誰も反対することはできな い。

反論すれば、子供の健やかな成長を願っていないのか?と思われかねない――

この心理が利用/悪用されている。

「PTAからの寄付」実態調査が浮き彫りにした深刻な現実

PTA会計の無駄遣いに愕然とする会計士。高松市と名古屋市の事例を象徴するよ  うな、深刻な実態調査結果を表現したイラスト。

近年問題となった事例でいくつか記事を引用しよう。

50年以上前に東京都教育委員会が訴え たことが他の自治体ではなんらの問題とされること無く当然のこととして、長年にわたり続けられてきたことが分かるだろう。

高松市の1億円問題:公費不足が生む保護者負担

学校運営のためにPTAなどからの寄付がどれくらい使われているのか。
高松市立小 中学校71校のうち、68校で年間に総額計1億円以上が支出されて いることが、市議の各校への調査で判明した。
学校運営経費は公費負担が原則だが、 教材や備品購入、新型コロナウイルス対策に寄付が充てられていた。

植田真紀市議による調査では、2018~20年度の3年間で、小学校49校中46校、中学 校22校全てでPTA会費からの支出があった。
小学校ではおよそ半数で毎年100万円以上 の支出があり、最も多い学校は441万円。中学校では最多校が613万円を支出してい た。

支出内容は多岐にわたり、教科書や理科実験用具、図書といった学習関連品だけ でなく、机・椅子・ロッカーなどの備品、チョーク・傘立て・清掃用具、体育館ワッ クス、さらにコロナ対策のマスク・フェースシールド・アクリル板・体温計なども含 まれていた。

各学校からは「公費だけでは足りず保護者負担に頼らざるを得ない」「 PTA費を充てなければ学校運営経費を賄えない」との回答が相次いだ。

深刻なのは、PTAの会計が実質的に「第二の財布」化している 実態だ。

「公費は購入の手順が手間」や「PTAからの寄付という認識はなかった」という回答もあり、市教委は10年前の同様の調査後、公費を増額したにもかか わらず、今回の支出総額は当時を大幅に上回っていた。

専門家は「任意団体のPTAの お金を、学校が最初からアテにしているならば不健全」と指摘している

専門家のクセに「不健全」ですませているが、これは不健全どころの話ではなく、違法状態である。

名古屋市の実態:「第二の財布」化するPTA

名古屋市名東区の市立本郷小学校では、教育委員会が設置を認めなかった理科室 のエアコン4台を、PTA会費43万円で購入する事態が発生。
教頭は「本来公費で設置す るべきものと思うが、市教委に柔軟な対応をしてもらえず、PTAに頼る形になってし まった」と説明した。

「本来公費で設置するべきものと思うが」、ってあんたが思うも何もそれは事実であり、思わない人はいないだろう。

名古屋市立371小中学校へのアンケートでは、PTAが消毒液57万円、教室内ロッ カーと大型扇風機30万円以上、給食調理器具などに支出する実態が明らかに。
3年間 で100件以上、金額にして1000万円以上の寄付が確認された。

おそらく、戦後時代から今まで変わることなく続いてきたのだろうから、その総額たるや想像をぜっする金額である。

中に は「会計を学校側が握っており、事実上学校の経費になっている」「教頭先生から会 費が余ったので備品を買っていいか相談された」という回答もあったという。

愛西市の小学校 では、教室のストーブの灯油代までPTAが負担していた事例も判明した。

心理上・事実上の上下関係があったとはいえ、歴代のPTA会長や役員は今、何を思うのだろうか。

「今までずっとこうしてるから」
「教育環境を改善するためだから」
「子供たちの為だから」
「他の学校もそうだから」

そんな言葉でモヤモヤを隠してきたのか、それとも麻痺しすぎて何も思わなかったのか。

おそらくは前例踏襲の錦の御旗の前に何も感じなかったのだろう。

毎度くどいのだが、前例踏襲に疑問を提起する、それは健全なPTAに生まれ変わる最初の一歩である。

専門家の警告と教育委員会の対応

教育行政学が専門の千葉工業大学・福嶋尚子准教授は、「お金を支払えるPTAのある学校だけが学ぶ環境が整い、そうでないところが置いてきぼりになる」と 教育格差の懸念を指摘。

名古屋市の坪田知広教育長は取材に対し、「本来は公費で見るべき話。ルールに 基づいて相談報告がほしかった」と認めたが、正式な手続きを踏んだ寄付は年間数件 のみ。市教委は2023年2月に全学校に正しい手続きを通知したが、3月13日時点で新た な報告はゼロ。

高松市の大西秀人市長は「大幅な財源不足が見込まれ、ただちに学校 運営費を大幅に増額することは困難」と答弁。

ということは、すぐに改めることは できないし、市長としてすぐに改める気はない、ということなのでしょう。

また、植田市議は「義務教育は無償であり、本 来公費で賄うべきものまで保護者に背負わせてはいないか」と市教委の責任を問う。

「背負わせてはいないか」って明らかに背負わせていることは議論・検証の余地もないことがわからないのだろうか。 私の考えではこの呑気な市議も同罪である。

PTAの寄付 変化への道のり:私たちに何ができるか

保護者としてできること

  1. 疑問を持つことから始める
    • この寄付は本当に必要なのか?
    • 公費で対応できないのか?
    • 断ったらどうなるのか?
  2. 記録を残す
    • 学校からの依頼内容を文書で求める
    • PTA会議の議事録を詳細に残す
    • 意思決定プロセスの透明性を確保する
  3. 連帯する
    • 同じ悩みを持つ保護者とつながる
    • PTAの在り方を見直す動きに参加する
    • 情報を共有し、孤立を避ける

名古屋市と高松市の取り組み――変化の兆し

高松市では予算を約7000万円増やし、木太南小学校では「寄付を一切受けない」 と決定。先生たちの意識にも変化が現れたという。「『PTA会費の方からお金をあて ましょうか』というようなことがちょっと前にはありましたけれども、そういうこと が無くなって。見通しをもって計画的に物を購入していくという意識が高まりました 」

名古屋市では河村市長が「学校の予算を増やす」と明言し、1校あたり70万から 80万円の予算増額を表明。税金を充てられる基準について市のホームページで公表す る考えを示している。

坪田教育長も「事実確認を急がないといけない」「構造的なこ とをきちんと把握しないといけない」と対応を約束。

メディアに実態をさらされ、隠しきれなくなったから仕方なく、、、という背景はあるだろうが変化は可能なのだ。

しかし、そ れには保護者、学校、そして自治体(教育委員会)の意識改革が必要である。

学校・教育委員会に求めたいこと

問題が大きくなって隠せなくなってしまって表沙汰になったという事情があるにせよ、名古屋市 や高松市の事例が示すように、自治体(教育委員会)の決断次第で状況は変えられる。

  1. 予算配分の見直し
    • 教育現場に必要な予算を適切に配分する
    • PTAへの依存体質から脱却する
  2. 透明性の確保
    • 何が公費で賄われ、何が私費なのかを明確にする
    • 「お金の見える化」を進める
    • 寄付依頼がある場合、その理由と代替案を示す
  3. ガイドラインの策定

    「真摯な同意があればOK」と言い続けるのであれば、当然その内容は明確にしてくれないと困る。

    • 「真摯な同意」の具体的な手続きを明文化する
    • 校長に対して「おねだり」をさせない、または単なる希望であって強制力はないことを明確にPTAに伝える
    • 公費・私費の負担区分を明確に示す(横須賀市のような取組みも見 られる)
  4. 昭和42年通達の再評価
    • なぜこの通達が発出されたのか、その意義を再確認する
    • 現代の文脈で、通達の精神を実現する方法を検討する

エピローグ:「正常な姿」を取り戻すために

校長からの「おねだり」から始まった私の疑問は、日本の教育制度が抱える深い 構造的問題へとつながっていった。

要は、公立学校の教育財源の不足ということだ。

区の教育委員会(他のほとんどの教育委員会も同様だろう)が繰り返した、「真摯な同意 があれば寄付は問題ない」という言葉は、一見すると民主的で合理的に聞こえる。

しかしそれは、本来なら存在してはならない私費負担を正当化するための、都合の良 いレトリックになっていると評価されるべきだろう。

「当事者が納得してるんだからいいじゃないか、今まで通りで問題ない。余計な仕事を増やさないでくれ。」

教育委員会には少なからずこういうバカ連中いるはずだ(っていうかほぼ全員だと思っているけど)。

高松市の1億円、名古屋市のエアコン、愛西市の灯油代――

全国規模で見れば、これらが氷山の一角に過ぎないであろう事は想像に難くない。

もっと深刻で表に出てきていない問題もあるはずだが、それをあぶりだして糾弾するのがここでの目的ではない。

重要なのは「これからどうするか」、それに尽きる。

これは単に「予算不足だった」で済ませてよい問題ではない。

「子どもたちの教育環境のために」という大義名分の下 で、公教育の根幹が侵されてきたことを示す象徴的な事例だ。

憲法が保障 する「義務教育の無償性」が、現場では長年、空文化してきたという現実を直視しな ければならない。

昭和42年、東京都教育委員会は「公教育の正常な姿」を描いた。

それは、すべて の子どもが経済的な障壁なく、公平に教育を受けられる社会である。

60年近く経った 今も、その理想は完全には実現していない。

しかし、諦める理由はない。

名古屋や高松で明らかになった事例をみて、「次はウチか?」とびくびくしてい る学校関係者は全国に少なくないはずだ。

事情はともかく、正常化に向けて始まった変化は、一歩 一歩ではあっても確実に前進している。

一人ひとりの保護者が「おかしい」と感じた ことを声にし、教育委員会が実態を直視し、自治体が予算を再配分する――

この連鎖 が、教育の正常化を進める原動力となる。

放置すれば教育格差はさらに深刻化する。

今こそ、半世紀以上前の通達が掲げた理想を広く周知させるべき時だ。

一人ひとりの保護者が疑問を持ち、声を上げ、つながることで、少しずつ変化は 起きる。

「これっておかしいのでは?」という感覚を大切にし、「いままでこうやってる から仕方ない」で済ませない勇気を持ってほしい。

それが、次の世代のために、私たちが できる最初の一歩なのだ。

行列ができるPTAはその先にある。

https://youtu.be/-ZQeiAqr3rc


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PTAから学校への寄付は違法?法的制限と許容される範囲、判断基準を詳しく解説

PTAによる学校への寄付の法的制限と許容される範囲について

この記事の対象者

  • PTAから学校への備品寄付の是非に悩んでいる役員・保護者
  • 学校予算とPTA会費の線引きを法的に理解したい方

この記事でわかる事

  • 学校教育法や地方財政法が定める寄付の制限ルール
  • 「強制的な寄付」とみなされる判断基準と、適法とされる範囲

PTAの寄付における法的問題の背景

PTAの寄付に関する法的問題について説明する男性のイラスト。学校とPTAの役  割分担のあり方を考察している様子が伝わる画像。

PTAが学校で使用される備品等を寄付することがある一方で、このようなPTAによ る寄付を批判的に捉える見方も存在します。

批判的な見方によれば、本来であれば学 校の設置者である地方自治体が経済的な負担をして備品等を揃えるべきところ、学校 がPTAに肩代わりさせており、適切ではないとされています。

このような見方を踏まえ、果たしてまたいかなるPTAの寄付が許されるのかを法的 観点から検討する必要があります。

PTAの寄付に関連する規定として、通常、学校教 育法の規定と地方財政法及びその施行令の規定が挙げられるため、これらの規定を検 討対象とし、関係する裁判例も参照しながら、その運用面も視野に入れて検討するこ とが重要です。

学校教育法による制限の内容と解釈

学校教育法の解釈を説明するPTAマニア。設置者管理主義に関する情報を伝え、  PTAの課題解決に貢献する様子が伺えます。(The PTA Mania explaining the   interpretation of the School Education Law. It conveys the impression of   contributing to solving PTA issues while providing information on the   principle of management by the school’s establishment.)

設置者管理主義と設置者負担主義の原則

学校教育法第5条は、学校の管理及び経費の負担につき、「学校の設置者は、その 設置する学校を管理し、法令に特別の定のある場合を除いては、その学校の経費を負 担する。」と定めています。

この条文は、設置者管理主義及び設置者負担主義を定めた条文であり、当然の原 則を確認的するために規定した条文であると理解されています。

本条からは国民の教 育を受ける権利を実現するための経費は学校の設置者が負担すべきであることが読み 取れます。

寄付の全面禁止ではない

しかし、本条によって寄付それ自体が全面的に禁止されているわけではありませ ん。そのため、本条による規律があるとしても、PTAが寄付を行う余地はあると言え ます。

地方財政法及び施行令による具体的制限

PTA会計の専門家が、地方財政法によるPTAの経費負担制限について説明してい  るイラスト。法的な知識と経験に基づいた解説が特徴。

住民への負担転嫁の禁止

地方財政法第27条の4第1項は、「市町村は、法令の規定に基づき当該市町村の負 担に属するものとされている経費で政令で定めるものについて、住民に対し、直接で あると間接であるとを問わず、その負担を転嫁してはならない。」と定めています。

地方財政法施行令第52条が住民に負担を転嫁してはならない経費として、以下を 挙げています:

  • 市町村の職員の給与に要する経費(1号)
  • 市町村立の小学校、中学校及び義務教育学校の建物の維持及び修繕に要する経費 (2号)

学校の事務員の給与をPTA会費で払っているという例を聞いたことがありますが、 これは明らかに本条項に違反しています。

PTAが負担してはならない経費の具体例

これらの規定によれば、以下の経費をPTAが負担することは禁止されていま す:

  • 小中学校の建物の維持に関する経費(火災保険料・電灯料・水道料・管理用消耗 品等)
  • 修繕に要する経費(通常の破損の修理に要する費用・壁の塗り替え等に要する費 用等)
  • 小中学校の建物の建設に要する経費(解釈上)

たとえPTAが真に自発的に負担したいと主張しても、当該負担は法的に禁止されて います。

割当的寄附金等の禁止規定

地方財政法第4条の5は、割当的寄附金等の禁止として、「国は地方公共団体又は その住民に対し、地方公共団体は他の地方公共団体又は住民に対し、直接であると間 接であるとを問わず、寄附金(これに相当する物品等を含む。)を割り当てて強制的 に徴収(これに相当する行為を含む。)するようなことをしてはならない。」と定め ています。

非常に堅苦しい表現ですが、寄付金を『割り当てて強制的に徴収する』とは、地 方公共団体等がその住民に対し、寄付に応じない場合には不利益をもたらすべきこと を暗示するようなのはダメという内容です。

学校とPTAの関係でいえば、「PTAでテントを買ってください。さもないと熱中症 リスクがあるので運動会は中止です」などは事実上の強制と判断されるかもしれませ ん。

裁判例から見る「強制的な寄付」の判断基準

PTA会計の専門家が、開発協力金に関する裁判例を解説するイラスト。難しい内  容も丁寧に説明する姿勢が伝わる。(An illustration of a PTA accounting expert   explaining court cases regarding development cooperation fees, conveying   his careful and thorough approach to explaining difficult topics.)

地方財政法第4条の5違反を認めた事例

かつては地方自治体からの強制的な寄付要求が問題となることがありました。大 阪地堺支判昭和62年2月25日では、地方公共団体が事業者に対して指導要綱に基づき 開発協力金の負担を求めた行為について、以下の理由で地方財政法第4条の5違反を認 定しました:

  • 開発協力金が寄附であることの説明を一切しなかった
  • 建築確認申請が受理されるためには開発協力金の納付が必要である旨の行政指導 を明示的に行った
  • 事業者の減免措置の適用要求等に対して強固な態度で開発協力金の納付を説得し 続けた
  • 建築確認申請書の受理を保留し、建築確認の審査を引き延ばすという不当な手段 を背景にした

地方財政法第4条の5違反を認めなかった事例

一方で、以下の裁判例では同条違反を認めませんでした:

昭和61年大阪地判の判断基準

「寄附金を割り当てて強制的に徴収する行為とは、国または地方公共団体がその 権力関係または公権力を利用して、強制的に寄附の意思表示を為さしめて、これを収 納する行為をいう」と定義し、職員が開発協力金の趣旨内容を説明した以外に、権力 関係や公権力を利用した強制の事実がないとして違反を否定しました。

平成4年大阪地堺支判の判断要素

市の担当者が以下の対応をしたことを評価して違反を否定しました:

  • 負担金の目的を説明した
  • 法的拘束力はない旨の説明をした
  • 納付しなかった場合の不利益等について何も述べなかった

PTAの寄付における適法性の判断基準

総合的判断による違法性の認定

地方財政法第4条の5で禁止されている強制的な割当的寄付と認定されるか否か は、以下の諸般の事情が総合的に考慮されて判断されてきました:

  • 寄付の要望に法的拘束力がない旨の説明をしたか否か
  • 要望に従わなかった場合の不利益に言及したか否か
  • 実際に過去に要望に従わなかった者に対して不利益となる措置を講じたことがあ るか否か

学校からの打診に対するPTAの寄付の適法性

PTAから学校への寄付は、一律に地方財政法第4条の5に違反するとも、また違反し ないとも言えません。ただし、少なくとも、学校側が単に「◯◯を買ってほしい」と打 診するだけで、それ以上の行動を伴わない場合には、学校側の打診に応える形で PTAが寄付を行ったとしても、そのことが地方財政法第4条の5との関係で違法と判断 されることはないでしょう。

ですがしかし、校長からの依頼を強制と受け止めるPTA役員は少なくないので問題のある行為です。

忖度による寄付の法的評価

学校からの寄付の打診に際し、PTAの側が忖度をし、寄付を行うということは考え られ、そこに事実上の強制力を認定できるとして、学校からの打診に応える形で PTAが寄付を行うことは違法であるとする見方もありえます。

しかし、仮に立法者がそのような場合まで違法と捉え、これを禁止しようとする のであれば、旧地方財政再建促進特別措置法第24条第2項のように強制であろうと任 意であろうと寄付を禁止する旨の規定を置くでしょう。

現在、PTAから学校への任意 の寄付まで禁止する規律はないことを踏まえると、単に学校からの打診があったとい う程度では、やはり強制力は認定されず、また違法と評価されることもないと解され ます。とはいえ、教育委員会は校長に対して、打診すること自体をやめるよう指導すべきでしょう。

要は真摯な同意があれば問題ない、とする考えですが、これについて は私の体験談をもとに渾身の超大作を書いたのでご覧下さい。


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PTA強制加入問題について、めちゃ詳しく考えてみた PTAへの加入は義務?任意?

PTAへの加入は義務なの?任意なの?

この記事の対象者

  • PTAへの加入義務について法的議論に関心がある保護者
  • PTAの強制加入や活動に疑問を感じている方

この記事でわかる事

  • PTA加入に関する国や裁判所の法的見解
  • 現在のPTA運用のパターンと課題

実際に起きている問題

現実には、次のような声がよく聞かれます。

  • 「PTAは入るのが当たり前だと思っていた」
  • 「入らないと言いづらい雰囲気がある」
  • 「断ったら子どもに影響が出そうで怖い」

このように、本人の気持ちとは関係なく、PTAに入らされていると感じる保護者が 多いことが問題になっています。では、法律的に見て、PTAへの加入は本当に義務な のでしょうか?

国の考え:PTAは「自由に入る・やめる」ことができる任意団体

「PTA加入は任意」という国の公式見解について解説する、親しみやすい会計士  風の人物のイラスト。

実は、国(文部科学省)はかなり昔から一貫して「PTA加入は任意」だと説明して います。

昔からの公式見解
1947年・1954年に作られたPTAのモデル規約では「会員になることができる」と書かれています
そこには「自由に入会する団体であり、強制してはいけない」とも明記されています。

さらに、2023年の国会でも、内閣総理大臣だった異次元のポンコツ岸田と文部科学大臣がそろって、「PTAの入退会は自由です」と、はっきり答えています。

最近では、各自治体の教育委員会が公式に「PTAは任意加入です」と発表する例も増えています。

裁判でも「PTAは任意」と判断されている

「熊本地裁の判決」を説明する会計士のイラスト。PTAの任意性を明確にする裁  判所の判断を示唆する画像です。 (Illustration of an accountant explaining   the Kumamoto District Court ruling. An image suggesting the court's clear   judgment regarding the voluntary nature of PTA membership.)

法律の世界でも、この考え方は確認されています。
有名なのが、2016年の熊本地裁の判決です。
この裁判では、判決文の前提として、PTAは「入退会自由の任意団体」である
とはっきり書かれています。
つまり、裁判所もPTAを「強制加入の団体ではない」と見ているのです。

この判決をうけて、「だから、PTAは任意加入で確定!議論の余地はない!」という人がいますがこれは正しくありません。

これを理解するには判例(正確には、最高裁判所の判断を「判例」、その他裁判所の判断を「裁判例」といいますが、一般向けに両者あわせて「判例」と言っておきます)のことを少し補足する必要があります。

判例というのは、「その事件においては裁判官がそのように判断した」というだけのことです。確かにそれが後に続く類似の事案において大いに参考にされるのは事実ですが、類似事案で矛盾する判決が出ることは珍しくはないように、絶対的なものではありません。

だから、以下のようにまだまだいろんな考えを出し、議論する余地はあるのです。

憲法から見ても「加入しない自由」がある

憲法学者の木村草太さんの言葉を紹介するイラスト。PTAへの加入の自由を象徴  するイメージです。

憲法学者も通常は、次のように説明しています。

  • 日本国憲法21条は「結社の自由」を保障している
  • これは「入りたい団体に入る自由」だけでなく「入りたくない団体に入らない自由」も含む
  • PTAは、どうしても入らなければならないほどの公共性はないため、
    仮に「PTAに強制加入させる法律」を作っても、憲法違反になるだろう

このように、PTA加入は任意であるという考え方は、今ではほぼ共通の理 解(通説)になっています。

それでも「加入は義務だ」と考える人もいる

ただし、学者の中には、「PTA加入は保護者の義務だ」と考える人もいます。

ここでは、その代表的な2つの考え方と、その問題点を見てみましょう。

「加入は当然」という考えの問題点
ある教育法学者は、PTAは、親の教育の権利を実現するための団体なので、
親は当然加入すべきだと述べています。
しかし、この考え方には問題があります。

  • PTAがなければ、親は教育に関われないのか?
  • PTAは日本で100年も続いていない新しい制度であり、「昔から親の権利の一部だった」とは言えない

また、みんなで協力するのがPTAの精神だから、任意はおかしいという主張もあります。

しばらく前までのPTAはこの考えが暗黙の前提にありました。

子どもたちの為にみんなで協力する目的の団体なのだから、みんな加入するのが当然だよね、という雰囲気が醸成されていたわけです。

これは「理想」ですね。しかし「理想」と「法律上の義務」は別です。

法律に明確な決まりがない以上、「雰囲気」や「理念」だけで義務を作ることはできません。

「加入は当然」という考えの問題点
別の憲法学者は、PTAを次の2つに分けて考えました。

  • 親同士の勉強や交流を目的とするPTA → 任意でOK
  • 学校教育に関わるPTA → 加入は当然

まあ、言いたいことは保護者同士の交流が目的なら任意だけど、子供のためが目 的なら強制加入。というわけですが、現実的には両方の側面があるわけでこんな分け 方をしたところで有益な解決は得られません。

加えて、PTAがあることを分かってい てこの学校に入学したんだからPTAに加入する意思があるとみなすのも当然でしょ、という考えもあるのですが、「当然」の根拠ははっきりしていません。

あとは「昔からそうだった(慣習)」という考えもありますが、

  • PTAを解散した学校もある
  • 行政も「任意」と言っている
  • 強制への批判が非常に強い

今の社会で、「PTA加入が慣習として当然だ」とは言いにくい状況です。

結論:現在は「任意加入」が基本

以上をふまえると、

  • PTA加入を義務づける明確な法律はない
  • 慣習としても、全国的に認められているとは言えない

ここまで長々書いてみたものの、現在の日本では「PTA加入は任意」ということになっています。

加入届はあるけれど、、、

加入届を取る例が増えています。体感では7割ほどでしょうか。まだ3割の学校で強制加入のような状態は続いています。実をいうと、私の関わる学校でも毎年議論するけど、実は現時点では自動的に加入する仕組みです。

加入届を取得する場合においても濃淡があります。

⓪PTA加入届を取得していない 非加入はありえない 会費を強制徴収

現在においてこれはさすがにないと思われます。

➀PTA加入届を取得していない 勝手に自動加入→不満な人だけ非加入 オプトアウト

近年、猛烈に批判され、多くの教育委員会も声高に加入届を取得するように発表したりして急速に勢力を弱めています。

自動で加入するけど、一部の不満分子は個別で除外する運用です。オプトアウト方式と呼んだりする人もいます。

➁PTA加入届を取得しているが、非加入者及びその子には大きな不利益があり、事実上は全員加入

私の知る例だと、学年Tシャツから配布するんだけれども、非加入者には別途購入してもらう。が、それがやたら高額になっていて、だったら加入したほうが安上がり、というシステムになっていたりします。

③PTA加入届を取得しているが、非加入者及びその子には一応不利益がある

有名な卒業式コサージュ事件をはじめ、記念品は別途購入というパターン。
個人的にはこれが至極当然という考えです。詳しくは別稿を参照して下さい。

ただし、実務的には大変面倒です。この子にはあげる、あの子にはあげない、と指示するPTAも大変だし、教員にも手間がかかります。

なお、コサージュ事件の場合は、原告は別途購入すると主張したのにPTA側が拒否したという事案です。

④PTA加入届を取得しているが、非加入者及びその子には全く不利益がない

最近増えている、平等が大好きなエセ人権派?の意見です。
私は反対ですが、詳しくは別稿に譲ります。

 

本当に必要なのは「入ります」という明確な意思表示

最初から「入る前提」で話が進むと、「入らない自由」は実際には守られません。

そのため、PTAは「入ります」とはっきり言った人だけが会員になる
何も言わなければ「未加入」の状態(オプトイン)

と考える方が、憲法の考え方に合っているとも言えます。

ただし、法律上はまだ課題もある

一方で、法律の専門家の中には、会費支払いや活動参加の実態から「黙示の同意」を認めることもできるという意見もあります。

裁判例でも多く見られます。加入届という用紙は提出してないけど、行事に顔を出していたんだから加入するつもりがあったということだよね、というやつです。

この考え方も、今の法律の解釈としては間違いではありません。

しかし、それはオプトアウトでいいということなので、事実上の強制加入という実態を止めるのが難しくなるという問題があります。

おわりに

ごちゃごちゃと小難しい話も含めて書いてきてアレなのですが、実はこれは不毛な議論です。

再三、言い続けていますが、イヤだという人に対して、ポイント制とか脅しとかで無理矢理やらせようとするから問題になるのです。

「ボランティアは、できる人ができる事をできる時に」という大前提を見失い、どうにかしてやらせる方法はないかと考えてばかり。

これでは問題の先送りにしかなりません。

当ブログが言い続けているように、行列のできるPTAに生まれ変わる事こそが唯一解なのです。


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PTAはなぜ変わらないのか?毎年同じ間違いを繰り返す理由とは?

PTAはなぜ毎年同じ失敗を繰り返すのか?

この記事の対象者

  • 「無駄が多い」と感じながらも、前例踏襲から抜け出せないPTA役員の方
  • 改革を提案したいが、周囲の反応や組織の慣性に不安を感じている方
  • 現代の共働き世帯や少子化に合ったPTA運営のあり方を模索している方

この記事でわかる事

  • PTAが「昭和のモデル」のまま停滞し、変革が進まない根本的な要因
  • マネジメント経験の不足や「批判を避けたい心理」が運営に与える影響
  • 非効率な現状を打破するために必要なリーダーシップとIT活用の視点



PTA活動の現場で、誰もが直面する課題の一つが、「前例踏襲」

不合理だとか不効率だとか、そういったことに目を向けることなく(時には敢えて目をつぶり)何も考えることなく、今までこうしてきたからこうやってます、という訳です。

もちろん、ちょっとした改善は進んでいるのですが大きな変革は見られず、周囲からは「いまどき、どうしてあんな無駄な事を?」と思われてしまっています。

僕自身も、15年近くPTA本部役員を 務めてきた経験から、それを痛烈に実感しています。

PTAがこれだけ非効率と言われながらもあまり改善されること無く前例踏襲を続けるのは何故なのでしょうか?

この変革が進まない大きな一つの要因は、役員のマネジメント経験不足にあるのだと考えます。

マネジメント経験の欠如

PTA役員は、その構成メンバーが多様な職業の保護者で構成されます。

主婦はもち ろんのこと、会社員、フリーランスなど、それぞれの立場や経験によってスキルセッ トは大きく異なります。

多くの場合、主力メンバーである女性陣はパート・アルバイ トでの労働経験しかなく、組織運営の経験を持つ人材が少ないのが現状です。

多くの場合、役員は前任者から引き継がれた過去の業務をこなすことに終始し、 長期的な視点での改善策を考える余裕がないのです。

「去年こうやってたから」とい う理由で、変化を避ける傾向が強く見受けられます。まるで去年がお手本で、その通りに再現することが自分の役割と考えているかのような状況です。

当事者意識と社会構造の変化

共働き家庭の増加とPTA運営の課題を象徴するイラスト。役員の負担増と、時代  に合わせたPTAの改革の必要性を訴える。

PTA活動への参加意識が薄れる要因として、多忙な保護者の増加が挙げられます。

仕事と家庭の両立に追われる中、PTAの会議やイベントに参加すること自体が大きな 負担となり、結果として活動への関与が薄れてしまいます。

保護者同士のつながりが 希薄になっていることも、改善への意識を低下させる要因となります。

そして役員は今、目の前にある 自らの役割を無難に果たすことに終始してしまい、別のやり方を考えるなんて思いも しなくなってしまうのです。

共働き家庭の増加

近年、共働き世帯やシングルペアレント家庭の増加が顕著です。

このような家庭 環境では、親たちが仕事と家庭の両立に追われ、PTA活動への参加が難しくなってい ます。

会議やイベントへの参加は、仕事のスケジュールを調整しなければならないた め、欠席するほかない状況が生じます。

絶対的な数の減少

少子化の影響もPTAの運営に深刻な影響を与えています。

子どもが減少し、当然PTAの 会員数自体も減少しているのです。

この点、高校だと、定員が決まっていて人数自体 は長らく変わっていないということもあるでしょうが、公立の小中学校について言え ば、ごく一部の新興住宅街を除けば、児童数が30年前の半分以下、1/3以下というの がごく普通の状況です。

さらに、共働き世帯の増加やシングルペアレント家庭の増加、そして親の介護に 苦労している人も少なくありません。

役員業務を引き受けられる担い手がますます少 なくなっているのが現状です。

現在のPTAの原型は昭和時代に作られました。

午前中 に朝食の片付け、掃除洗濯を終えると午後はメロドラマを見て夕方にスーパーへ買い 物、、、そのような、日中はヒマなお母さんが沢山いた時代に形成されたのです。

私が小学生の 頃には「亭主元気で留守がいい」という流行語もあったように、家庭環境が大きく異 なっていました。そんな時代に作られたPTAですから、現代の状況に合わせて見直す必要があります。

役員の負担が一部の保護者に偏り、現状を維持するのが精一杯という状況が続いていま す。

役員が限られた人数で運営を行う中で、特定の保護者に多くの業務が集中するこ とは避けられません。

これにより、役員の負担が重くなり、活動への意欲が削 がれてしまうのです。

さらに、役員を引き受けたくない保護者が増えることで、役員1人1人の負担が増し、次の役 員を選出すること自体が困難になる、という悪循環が生まれています。

慣性と心理的要因

PTA組織の慣性と心理的要因について説明する、親しみやすい会計士風の男性。  変化を恐れる空気と、新しいテクノロジーへのアクセス不足を描写。(PTA組織の慣  性と心理的要因、技術進歩)

組織文化の慣性

あなたの学校のPTAでも「前からこうやってきた」という理由だけで続いている謎 の慣習があるはずです。

その慣習を繰り返すことが目的化しており、何のためにやっ ているのかわからないまま、役員やメンバーが中止や新しい提案・改善策を提案する ことすらなくなっていることもあります。

特に、長年役員を続けているベテラン(通称ボスママ)がいる場合、過去の成功体験が強く意識さ れ、新たな試みを拒絶することも珍しくありません。

私が小学校の本部役員に関わり始めたころ、そんなボスママがいました。

口では「意見があれば言ってくれ」というものの、本人は何も変える気が無く、何を提案しても却下されたのを覚えています。

この慣性は、非効率なプロセス や運営方法がそのまま続く原因となり、改革を進めるための障壁となります。

組織の中で変化を恐れる空気が漂うことで、メンバーが意見を言い出しにくくな り、さらなる停滞を招くことになります。

その意味でも、守るべきは守る、変えるべきは変える、リーダーにはそんな考えが必須です。

批判を避けたい心理

また、改革を提案することが「面倒なことを増やす」と見なされることも大きな 問題です。

PTAの活動はボランティアベースで行われているわけで、役員やメンバーは仕事を調整し、自分 の時間を割いて活動に参加しています。

そのため、たとえ長い目でみれば省力化になるとしても新し い方法を検討すること自体が新たな負担を生む可能性があると感じると、現状維持を 選択する心理が強く働きます。

要するに、考えるのが面倒くさいから今まで通りでいいや、という訳です。

スキル不足

種々の理由が重なって、ムダだの時代遅れだのと批判されながら、当の役員たち も何となく気づきながら変わらない不効率運営がまかり通っている現実があります。

最近の技術進歩により、AIやプログラミングを活用することで、運営の効率化や 合理化が劇的に進む余地は多分にあります。

しかし、各PTAにはそれぞれの個別事情 があるわけで、これらのテクノロジーを効果的に活用するためには各PTAの実情にあわせた カスタマイズが避けられません。

しかし、多くの役員は、仕事にSNSにYoutubeにと、 多くのことに追われており、最新のテクノロジーやツールについて学ぶ時間や余裕がなく、新たなツールや仕組みの導入が進まないの です。

この状況を打破するためには、リーダーシップとAIやITの知識をもって変革に取 り組む本部役員が現れるのを待つしかないのかもしれません。

行列のできるPTAはそのお手伝いをします。

だからあなたに是非その役 割を担ってほしいと思います。


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