教員がPTAのプリントを配ったら法律違反!ってホント??アンチPTAを一刀両断

教員がPTAのプリントを配ったら法律違反!って正気ですか??

PTA業務と職務専念義務:地方公務員法第35条をめぐる批判の矛盾と学校運営の現実

先日、ネットでこんな主張を目にしました。

学校の職員が勤務時間中に 学校とは独立の任意団体であるPTAの業務に関わるのは、地方公務員法第35条の職務に専念する義務、いわゆる職務専念義務に違反している、という指摘です。

具体的には、学校側がPTA会費 の回収を代行したり、銀行口座への振り込み手続きを行ったり、あるいはPTAからの 手紙や配布物を子どもたちに配ったりする事務作業が、すべて法律違反にあたるという言い分です。たとえばこんなの

法律の条文まで持ち出されると、一見すると筋が通った正しい批判のように思えるかもしれません。

しかし、現場の実態や論理の整合性を少しで も考えれば、この主張がいかに愚かでナンセンスであるかがすぐに分かります。

1. 職務専念義務違反主張の本質:法律論に隠されたアンチPTAの真意

「職務専念義務」を盾にした批判の真実を叫ぶ、激しい怒りと絶望の表情を浮  かべた姿。

地方公務員法第35条を盾にした学校批判の実態

職務専念義務という言葉に隠された本音

地方公務員法第35条という具体的な法律名が出てくると、いかにも知的な議論が 行われているかのような錯覚を覚えます。

しかし、この言葉を盾にして学校を叩いて いる人たちの本音は、決して法律の厳密な運用を求めているわけではありません。

彼らの目的はただ一つ、PTA活動そのものを否定したい、あるいは学校のや り方にいちゃもんをつけたいというアンチPTAの姿勢が先にあるのです。

PTAの強制加入・任意加入を巡る議論などでも見られるように、自分の嫌 いなものを攻撃するために、ちょうど都合の良さそうな法律の条文を引っ張ってきた に過ぎません。

目的と手段の逆転が生む論理の破綻

目的と手段が完全に逆転しているからこそ、彼らの主張は一歩踏み込むと、自ら 引き起こした矛盾で完全に破綻してしまいます。

2. 極端な職務専念義務解釈が招く矛盾:教員の日常業務との比較

PTAマニアが激怒して「極端な職務専念義務の解釈」という理屈を叫びながら手  を広げる姿。驚きと怒りが溢れる表情で、PTAの業務に過剰な法律解釈がどう滑稽で  不合理かを強調する劇的なシーンです。

「雑談も法律違反?」極端な適用の不合理性

「昨日のテレビ見ましたか?」が法律違反

職務専念義務というのを少し分かりやすく言うならば、公務員は税金から給料をもらっているのだからその勤務中に職務以外のことは一切するなというものです。

もしも、職務専念義務というものを彼らが言うように極端に突き詰めるのであれば、教 員は勤務時間中に一言の無駄話も雑談もしてはならない、ということになります。

  • 昨日のあのテレビ番組面白かったですね!
  • このニュース、知ってますか?
  • 芸能人の●●が浮気してたらしいですよ
  • 昨日、大谷翔平がまたホームランを打ちましたね!

職員室や廊下、給湯室などで、教員同士がそんな世間話を交わした瞬間、それは職務に関係ない事に時間を使った、として法律違反になってしまうのでしょうか。

そんな職場が地球上に存在するはずが ありませんし、人間が働く環境として完全に狂っています。

日常の些細な雑 談すら違法にしなければ成り立たないような極端な理屈を、なぜかPTAの業務に対してだけは平気で適用しようとする。

そんな自らの論理破綻にすら気づかないまま、知的な言葉のメッキを貼って大騒ぎしている姿は、滑稽としか言いようがありません。

微々たるPTA事務と社会通念上の職務範囲

微々たるPTA事務の手伝いは、むしろ学校業務の遂行に必要な事項である

教員が日常の中で費やしている雑談の時間と、PTAに関わっている時間。

これらを足し合わせて比較すれば、圧倒的に前者のほうが長いはずです。PTAに関わる時間な ど、全体の勤務時間から見れば完全に微々たるものでしかないはずです。

学校がPTAのために行う作業といえば、会費引き落としのための名簿作成や、PTA関連書 類の配布、あるいはPTAのイベントや会議のために打ち合わせをすることくらいです。

特に学校からPTAへの名簿提供に関わる個人情報保護法の問題なども昨今よく 指摘されますが、これらはどれも、教員の年間総労働時間を脅かすような重労働とは思えません。

そもそも、PTAは学校業務の運営を強力に手伝ってくれるパー トナーです。

学校という組織を円滑に運営する上で、その重要なパートナーの事務をほんの 少しサポートすることは、外部のボランティアに媚びを売っているわけでも、法律を犯しているわけでもありません。

むしろ、学校本来の業務を滞りなく遂行するために 必要なプロセスであり、当然職務に含まれるべき事項と考えるのが妥当です。

先ほどの雑談の例も円滑な業務遂行に必要なコミュニケーションとして、社会通念上妥当と言える範囲において、職務の範囲に含まれると解釈することが許されるわけです。

3. 学校運営におけるPTAとのギブ・アンド・テイク:圧倒的な相互支援の現実

PTA マニアが、運動会の準備現場で絶賛と感動の表情で人々を支援し、PTA の  相互支援の現実を象徴するダイナミックなシーン。

運動会・行事運営におけるPTAの人的サポート

学校公開や運動会の受付すら代行。圧倒的なギブ・アンド・テイクの現 実

実態を言えば、学校側がほんの少しの事務作業を負担している何倍、何十倍もの恩恵を、学校はPTAから受けています。



例えば多くの学校では、運動会をはじめ、大きな行事の際の受付や周囲の警備業務を、PTAの保護者たちが代行している 例が多くあるのではないでしょうか。

本来であれば、これらはすべて学校の教員が総出で対応、もしくは学校の経費で警備員を手配しなければならない業務です。

しかし、深刻な教員不足や人手不足、予算不足に悩む学校のために、PTAがその貴重な人手を無償で差し出し、来校者の誘導や防犯の役割を買って出ているのが現実です。

これまでもそうだったし、これからも部活の地域移行問題な どでも見られるように、行政や学校が保護者のボランティア労働に依存している構造 は年々強まっていきます。


このこと自体に問題があるのは確かですが、現実問題として「PTAの手伝いが無ければイベントが成り立たない」学校は数多くあります。

地域見守り・準備片付けなど多岐にわたる協力体制

他にも、地域の見守り活動、行事の準備や片付けなど、PTAが学校のマンパワーを補っている事例を挙げればキリがありません。

これほどまでに学校運営の根 幹を支えてもらっているのですから、その対価として、学校側が会費の引き落としを 代行したり、お便りを配ったりするくらいのことは、お互い様として全く当然の対応であり、 健全なギブ・アンド・テイクです。それもPTA側のギブが圧倒的に多いはずです。

4. 建設的な学校・PTA協力関係を維持するために:表面的な法律論に惑わされな い知性を

もはや呆れる他ない、「批判することが目的」の自己矛盾

PTA叩きもここまでくれば、もはや呆れるしかありません。

そもそも、学校で配られるプリント類には、保険の案内(広告)なんかもあったりします。普段の学校活動に全く貢献していない保険代理店の利益のためにチラシを配る方がよほど大問題だというべきです。

そんなことも分からずに「PTAのプリントを配るな」などという主張はもはやPTAの批判だけが目的になっているトンチンカンと言わざるを得ません。

一部の批判派 が振り回す「職務専念義務違反」という論調は、現場の泥臭い助け合いや学校運営の現実を一切無視した、中身のない言葉遊びです。

そればかりか、PTA反対という自分 の主張を通すために「すべての雑談も違法である」という、常識的に考えて首肯しが たい結論を肯定せざるを得なくなる、そんな巨大な自己矛盾を抱えています。

PTAが学校を支え、学校がPTAの事務を少しだけ手伝う。もちろん、過度な学校への寄付の強要などは別問題として対処すべきですが、日常的な事務レベルでの協力は、円滑な学校運営において欠くべからざる要素です。

このごく当たり前で 建設的な協力関係があるからこそ、子どもたちの豊かな学習環境が守られています。

表面的な法律論のメッキや、自己矛盾だらけのナンセンスな批判に惑わされ ない知性を身につけたいものです。